43 フィールドワーク

 カメラよし、メモよし、マップよし。交通系ICカードもよし。


 暮式くれしきヒースは、携帯端末のホーム画面に、今日使いそうな機能とアプリを並べて確認した。


 中学入学のお祝いに親から贈られた端末。ネックストラップ付きのバンパーケースに入替えて、首から下げる。

 鞄には、ミウラ折りした(※1970年に東京大学宇宙航空研究所の三浦公亮が考案。紙の対角線の部分を押したり引いたりするだけで即座に簡単に展開、収納できる)手描きマップとペンケース、それから財布と生徒手帳が入れてある。鞄は、革製だが通学用に軽量化されていて、リュックのように背負う為のベルトループとクッションベルトが付属するので、専らヒースはリュックにして普段から愛用している。


 準備万端。さぁ、いつでもお迎えカモン!













暮式くれしきくん、少し寄り道させてください」

 王様…………運転してる。てゆーか、あの、王様って言葉遣いがめちゃ丁寧。僕のよーな子どもにも。

「はい」

「もう一人、王宮へ連れて行く人が居ます」

「はい」

 フィールドワーク部の紅葉分布図作成班は僕一人じゃないのに……僕だけこんな特別扱いされて、同じ班の子に何て言おう。

「暮式くん、下の名前で呼んでもいいですか?」

 へ……

「どう……ぞ」

「ヒース。今日はよろしくね」

「よろしく……お願いします」

 王様は自動運転システムオートパイロットじゃなくて、自分で運転している。一瞬、僕の方へにこっとして、名前を呼ばれたのだ。


 へぇ〜〜〜〜……

 ふぅ〜〜〜〜ん。


 僕はちょ〜〜っと笑顔を向けられただけで『感じが良い』なんて思っちゃってる。


 王様は好感度が高い、と思う。傀儡かいらい政権でパペットにされる人は、アイドルのように慕われる人がより効果的なのだ。


 僕は、失礼極まりない色眼鏡で王様を間近に観察……いや、見ていた。





 車はサラセンホテルの駐車場へ入って行く。都心に建っているホテル。ここの中庭も紅葉分布図に載せてある。車を降りて中へ。エントランスホールのカウンターに寄って、なんだか『関係者以外立入禁止』なとこへ入っていく。


 もう一人って……ホテル宿泊してる人じゃないの? 方向的には客室へ向かっているのに、従業員用みたいな裏側を通ってる。なにこれ。ワクワクする。


 王様はエレベーターを乗り継いで、遂にホテルのてっぺんまで来てしまった。エレベーターのドアが開くと直接屋根裏部屋で、大きな梁や板張りの床が見える。荷物置き場のようだ。

 王様は奥へ歩いて行く。申し訳程度のパーテーションで仕切られた一区画が窓際にある。

「ヒルコ」

 王様は呼びかけた。

「起きていますか? 入りますよ」

 ドアなんてない。パーテーションの通路を進むだけ。


 そこは…………部屋だった。

 薄暗く、広くて埃っぽい屋根裏に、六畳ほどのスペース。使い古された擦り切れ絨毯が敷かれ、ストレッチャーよりはマシなくらいの幅狭はばせまパイプベッド、年代物の脚付きローチェストに姿見の鏡……僕なら、こんな雰囲気たっぷりの場所で、鏡なんか怖くて覗けない。


「ヒルコ」

 ベッドには、キチンと着替えたであろうはずのヒルコが横になって眠っていた。王様の呼びかけでヒルコは目を開けた。

「王様? おはよう……ございます」

「ついでがあったので、迎えに来ましたよ」

 僕は王様の後ろから見ていた。ベッドに拡がる、この屋根裏のように暗い、でも窓辺の光で煌めく長い長い金色の髪を。茨の城の塔で眠る、おとぎ話の姫君……そんな様相、そんな美しい存在……だって、迎えに来たの王様だし。





 三人で車に乗っている。リアシートには、僕とヒルコって呼ばれてたおにいさん。欠伸してる。

「助かりました、王様。二度寝してたみたいで。来てくれなかったら、それきりだったかも」

「あなたはいつも何時間働いているのですか?」

「八時間とちょっと」

「その『ちょっと』が長そうですね」

「厨房で、皿洗いや料理の下準備を手伝っています」

 おにいさんは、辞めた社員の穴埋めに駆り出されている、そんな話をしているうちに王宮へ着いた。





 王宮を、外から鉄柵越しに見たことある。都心のど真ん中にある森みたい。僕とおにいさんは車寄せで降りると、王様は駐車場に停めてくるから、中へどうぞ、だって。


「凄いよね。行こう」

 王宮という建造物に見蕩れていた僕に言った。おにいさんは王宮へ来たことあるみたい。王宮の人に会っても、顔パスで中へ入っていく。

「ところで……君は誰?」


 車内で眠そうだったヒルコは、漸く目が覚めた感じで、王様と共に来た少年に尋ねた。


「僕は、近所の中学生で……フィールドワーク部の部員で、王様に誘われて王宮の紅葉を観察しに来ました。暮式くれしきヒースと言います」

「フィールドワーク……って、何?」

 あはは。これ、割とよく訊かれるんだよね。僕はおにいさんに説明して、部活の話をしていたら、王様が来た。


「ヒルコは、もう少し寝ていてもいいですよ?」

 王様はおにいさんに言った。でも、おにいさんは着いて来た。


 銀杏イチョウが庭にあるなんてすごい。街路樹か公園でしか見たことない。

「王宮でも銀杏ぎんなん拾いができそう」

 おにいさんが呟いた。ちょっと袋と軍手か何か借りてくる、と戻って行ってしまった。


 僕は、カメラを使わなかった。王様と二人で中庭を歩きながら、紙のメモ帳に、紅葉樹や他の植栽をわかる限り、配置や様子を書き留めただけ。時々、王様が拡げたマップで今居るところや建物、門の位置を教えてくれた。

「ヒース、このマップは秘密ですよ?」

 王宮内部の情報だものね。元々このマップは書込み用で、清書したものを完成品にするつもり。

「どこにも出さないし、誰にも見せません」

 僕は誓った。

「秘密の共有ですね」

 王様は黄色く色付いたかつらの葉を手に取り、僕に手渡した。ハイライターのように明るい黄色は、僕の髪と同じ色。


 紅葉は……日照の減少と気温低下から、葉が光合成を行うのに採算が合わなくなって落葉するまでに起きるメカニズムなんだ。


 光合成にかかわる酵素反応は温度の影響を受けやすく、気温の低下に伴って光合成の効率も低下すると、秋冬の太陽光でも光が強過ぎる状態になり、余分な光エネルギーが光合成装置の破壊をもたらし、光合成活性は更に低下する。


 王様と王宮の中庭を歩いていて、僕は、紅葉したり黃葉して落葉した葉を何枚も拾った。赤や黄色。クロロフィル(※光合成を行う化学物質、葉緑素)が分解されてしまった葉。御役御免おやくごめんになって落とされるのに、人間には美しい秋の景色に見えるなんて不思議。


 王様は真っ黒な黒髪。大昔、インテグレイティアが島国だった頃は、黒髪の人が普通だったんだって。


 落ち葉が乾燥してザクザク。僕は枯れ葉を踏みたくて、奥へ奥へ歩いて行った。王様は僕の手を取って繋いでくれた。


 最後の方は、観察するのも覚え書きも忘れて、只々散策して……戻って来た。

「ヒース…………どうかしましたか?」

 僕は頭がいっぱいだった。このまま王宮へ戻って、さよならしたら、今日が終わってしまうんだ…………

「どうしたら」

「……はい」

「もう一度」

 僕は葛藤した。

「王様に会えますか?」

 言ってしまった。口から出た言葉は戻らない。

「私に?」

 繋いでいた手から引き寄せられる。僕は王様の腕の中に居る。

「いつでもどうぞ」

 僕は信じられない返答に王様を見上げる。

「仕事で居ない時もありますが」

 王様は僕が首から下げてる端末を手に取り言った。

「ロックを外して、ヒース」

 僕は言われるがまま、操作可能にした端末を渡す。王様は電話帳を開いて、名前と番号を入力して返してくれた。

「ヒ〜ス〜、ロックを外してと言われて、言う通りにしてはダメでしょう?」

 言った本人にダメ出しされた! 僕は…………うれしいのと、困惑と、信じられな……いや、にわかには信じ難い現実に、ず〜〜〜〜っと驚きが頭の中で反響していた。









「あれっ、もしかして、私の番号じゃないと疑っていますか?」

「だって!!」

 王様は自分の端末を取り出すと、ヒースに言った。

「かけてどうぞ」

 僕は電話帳を開いて、恐る恐る通話ボタンを押す。王様は着信に出てスピーカーで応える。

「ヒースの番号、ありがとう」

「!?」





※参考、引用。


『11/26 2018 なぜ紅葉するの?葉の色が変わる「色素」のメカニズム』BuNa Bun-ichi Nature Web Magazine

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