35 友だち

 スワスティカ。アーバンの真ん中、都心の一等地に大きな森がある。


 昔はその森の中に、この国でいちばん尊い人の住まいがあって。森にはぐるりと囲むお堀もあって。ナイアス川の地下支流から水が溢れて、今は移転している。誰も居ない大きな森。





 小学校の帰り道に、タイル公園がある。本当の名前は、中央区立こじま公園だが、こじま公園の名前は忘れられてしまったようだ。


「シェファーはタイル公園、通る?」

 レインの帰り道ルートではないので、シェファーに訊いた。レインは公園で寄り道していく他の子が気になっていた。

「通るよ。行く?」

「行く!」





「僕、ここ来るの初めて」

 通りから一区画、色味が異なる。公園の緑だ。

「公園にタイル貼りの溜め池があって、小さい噴水があるの」

「へぇ〜」

「噴水から水出てる時間に溜め池へ入ると」

「入ると?」

 レインはシェファーを見る。

「楽しい。行こう、レイン」

 シェファーが駆け出した。

「待って〜」





 溜め池公園でも、噴水公園でもなく、タイル公園と何故呼ばれるか。レインは行ってみて、わかった。





 公園は、都市部の緑化と児童向けに建設されたようだが、タイル貼りの水盤は、全天の星空を落とし込んだ造り込みで、公園そのものが美術作品のような佇まいをしている。北極星の位置に水栓があり、噴水は、浅瀬の波打ち際ほどには水が溜まるようになっている。タイル貼りの全天は、浅いすり鉢状になっていて水が溢れることはない。





 水溜りに足を突っ込みたくなるのは、何才まで? 九才のレインとシェファーは、噴水の水が溜まっているのを見て走り出していた。


「レイン、待って。靴は脱いだ方がいい」

「わかったーー」

 二人とも走りながら靴と靴下、制服の上着も脱ぎ捨てた。

「わ! すご〜い、天の川もある」

 銀色の金属製タイルでつくられた天の川を辿る。けぶる銀の川に金色こんじきタイルのカシオペヤ、デネブ、アルタイル……輝く星が水に揺らめいている。

 フォーマルハウトを踏んだシェファーが言う。

「レインといっしょだと楽しいかも」

「そぉ?」

「うん」

「僕と、どこへでも行こうよ、シェファー」

「いいよ」





 全天水盤を抜けると、芝生が拡がっていた。藤棚やベンチもあって、桜、合歓ねむの木、楓、アベリアの植込み、椿や山茶花、夾竹桃、馴染み深い顔ぶれがそこかしこにある。練切ねりきりの梅花みたいな形をした可愛らしいスツールも木の傍に据えられている。


「ここ、本読むのにもいいかも」

 レインが座って呟いた。

「何読むの?」

「えぇとね、今借りてるのは江戸川乱歩」

 レインが鞄から引っ張り出したハードカバーは全集の一冊だ。

「面白い?」

「ちょっとだけ……怖い」

「レインは寄り道して本読むの?」

 レインがシェファーから目を逸らして、言う。

「僕ね、夕方、あんまり好きじゃないんだ。本読んでると、いくらでも時間が過ぎるから、ワープしたい時も読む」

「夕方……嫌い?」

「嫌いってほどじゃないけど、嫌なんだ。住宅地とか歩いてると、夕飯の匂いとかしてくるの、わかる? それが嫌になっちゃったから……」

 シェファーはレインが言うのを聴いていた。レインには何か、そうなるような何か、何かしらあったのかもしれない。そう思い至って、シェファーは黙って聴いていた。

「僕、変なこと、言ってるよね? 僕ね、ちょっとだけ普通じゃなくなったから、それでちょっと変なんだ」

 レインはシェファーに、自分について、一生懸命話そうと試みていた。

「レイン」

 レインはシェファーを見た。

「レインがちょっと変でも、いっぱい変でも、いいよ」

「……シェファー」

「僕はそんなこと、全然なんとも思わないし、レインが話したくないことは無理して話さなくていいし」

「…………」

「多分僕も……誰でもどこかしらは変なんだから……変なとこない人の方が、よっぽど変だろ」

「でも、言っとかないのはフェアじゃないと、思ったんだよ」

 やっとこっちを向いて、レインは言った。

「フェア?」

「仲良くなってから、僕について知って、変な奴とは仲良くできないって切られたら! ……その、あれだろ?」

「ふ、はは…………そんな先のことまで考えるの?? レイン」

 シェファーは笑ってる。レインは信じられないという顔をして……

「僕が、レインの何を知って、友だちやめるってなるの……そんなこと、考えて」

「だって……」

 レインが泣きそうな顔になってる。

「ずっと、友だちでいてよ、レイン」

 ちょっと、あれ? 泣いてる? 僕が泣かした?

「僕と、ずっと。ね?」

「……ぃや」

「そこは、『いいよ』でしょ? レイン」

「この世に『ずっと』はない」

「僕が『ある』ことを証明してみせる」

「ないもん」

 レインは顔を背けた。

「あはは」

「笑うとこ??」

「じゃあ、ずっとじゃなくていいから」

 シェファーはレインに手を差し出して言う。

「行こう」

 シェファーはレインと手を繋いで、鞄と上着を持って走り出す。

「どこ行くの?」

「図書館。僕もレインと同じの読みたくなった!」

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