33 wanna ride?

 アーバンの道路には、馬が走れる外乗レーンが設けられている。


 利用者数は少ないが、緊急時に駆け付けたり交通整理を行う警察官や、黒曜馬こくようばにはなくてはならないものである。            

 中でも首都高の外乗レーンは、高速走行のできる黒曜馬には、良い交通網だ。





 刑吏の隊列がアーバンへ向けて、ハイワイトを出発する。

 立葵城たちあおいじょう、厩舎。


「あれ? 隊長??」


 隊長のオニキスが、珍しく馬形態で、同僚に馬具をつけてもらっている。

「隊長、一足先にアーバンの王宮へ行きたいんだって」

 オニキスが頷いている。

「隊長、誰か乗せて行くんですか?」

「外乗レーン走るから、誰か乗せて行くんですよね〜〜……って」

 

「「誰を??」」


 オニキスは誰を乗せて行くか、指名していなかった。正直、誰でもいい。オニキスは、軽く注目を集めてしまった中、馬具をつけてくれた同僚を鼻先でどついた。

「私だって!」

 オニキスに選ばれて喜んでいる。

「えぇ、いいなぁ。私も早くアーバン行きたい」

「いいな!私も隊長に乗ってみたい」

「私も隊長に、乗りたい……です」

 オニキス隊長は、まぁまぁ人気があるようだ。


「行きますか!隊長」

 オニキスと同僚は出発した。





 郊外まで、それほど時間はかからなかった。オニキスは久しぶりに走れて、すこぶる爽快だ。


「この先、インターチェンジです」

 カーナビよろしく同僚の案内が入る。高速で行くぞ、とオニキスが向かう。





「あのぅ、隊長?」

 黒曜馬は普通の馬とは異なる。馬具をつけていても、手綱は形式的に持っているだけで充分。

「速い速い速い……はーやーいーーーー」

 同僚は、外乗しての高速利用が初めてだった。加速走行しているオニキスから受ける、風圧と体感速度はなかなかの新鮮な驚きで……





 高速道路における法定最高速度は時速100キロ、車種により速度制限があり、黒曜馬は時速80キロと定められている。

 自然界の馬も時速88キロで走ることは可能だが、それは短距離で数分のことであり、変異亜種である黒曜馬の驚異的能力は、別物だ。





 パーキングエリア。


「大丈夫?」

 馬具を外してもらって、いつものオニキスに戻っている。

「……隊長に乗るの……バイクに乗るのと、どっちが……楽なんですかね……」

 なんだか同僚が疲弊してる??

「スピードは敵わないけど、他は互角じゃない?」

「隊長のガソリン代は高そうですよね」

「えっ…………そうかな」

 オニキスは黒曜馬の中でも、食には貪欲な方である。自覚はないようだが。

 (黒曜馬の食形態が、加速しての長距離走行を可能にする馬力を生み出しているかどうか、影響とその関係性は未だ不明)


「さて、休憩もとれたし、行こうか」

「又、首都高……」

 ここへ来るまで、途中ジャンクションを経て少し走ったが…………高速の外乗レーンを馬が走行しているのは珍しい光景のようで、首都高に入ってからは交通量も増え、『お先に失礼』とパッシングしてくる車もあった。


「隊長……私、高速慣れないです」

「あはは。私は気持ち良くて好きだよ」


 オニキスは目的地も近いので、下道で行こうと同僚に言った。









 中央区、私立小学校敷地内の車寄せ。


 帰りのホームルーム。イハト・イーハツェイクは目聡くそれを見つけていた。


 誰だ??馬で来るなんて……警察?


 イハトがあれこれ思索を巡らせている間に、炭州すみすレインも気付いていた。


 今、馬に乗って来た人が見えたような……


 ホームルーム中に、窓の外ばかり見てもいられない。早く終わって。早く、早く。レインは今直ぐ確かめに行きたくてウズウズしていた。


 帰りの挨拶を終えて、レインは教室を飛び出して行った。

「レイーン、バイバイ」

 イハトはレインに声をかけたが、レインには聞こえただろうか。

「バイバーイ」

 階段の下からレインの声がする。イハトは、なんだかおかしかった。おとなしいレインがあんなに急いで……後で訊いてみよう。

「なんだ、レイもう帰っちゃったの?」

「あ、ヒュー。帰ろ?」

 イハトは友だちのヒューバート・レクストフと帰路についた。





 レインは、車寄せに居る馬と、乗って来た人を遠目に見た。

 馬は、黒い馬。乗って来た人は、黒い服の人。

 レインは、逸る気持ちにブレーキをかけながらも、期待せずにはいられなかった。半年…………オニキスは最初、『半年』小学校へ通ってみないかと言ったんだ。結局、卒業するまで通うことになったんだけど…………


 今日はおおよそ、その半年目なんだ。

 別に、だから何かということもないけど…………でも、もしかしたら、僕はヒプノス島へ帰っていたかもしれない……半年目なんだよ。


 黒い服の人がレインに気付いて、手招きしてくる。レインは、恐る恐る呼ばれに行く。


「君は、レインくん?」

「……はい」

 この人の着てる黒い服……オニキスのよく着てるのと同じだ。多分。

「オニキス、わかる?」

「はい!」

 オニキスの名前を出されて、返事の勢いが変わる。

「ふふ、良かったですね、隊長」

「隊……長?」

「あぁ、ごめんごめん。こちら、オニキス隊長」

「え」

「君に会いたくて来たんですよね」

 ね、隊長、とその人は黒い馬に話しかけたんだ。そして、黒い馬の手綱を僕に渡してきた。

「あの……」

「帰る先は、王宮ですよね?隊長に乗って行ってください。鞄は私が預かりますから」

 その人は、後から王宮へ行くのでどうぞ、とタクシーで行ってしまった。





 レインは黒い馬に、声をひそめて尋ねる。

「オニキス……なの?」

 黒い馬は肯いて、レインの前へ来てしゃがんだ。なんだか見覚えのある光景。いつぞやとは違って、今日はキチンと馬具をつけている。

 レインが鞍に跨り、手綱を持つと、黒い馬は静かに立ち上がった。

「オニキス」

 レインは黒い馬のたてがみに突っ伏して、言う。

「オニキス、僕ね……会いたかった。どうしてオニキスが居ないんだろって、何度も思う時があったよ」

 黒い馬は一度だけ振り向いてみせると、ゆっくり歩き始めた。門を出て、歩道から道路の外乗レーンへ。


 そうだ……最初はオニキスといっしょに、馬に乗ってアーバンへ来たんだっけ……


 レインは、オニキスと初めて会った日を思い出していた。オニキスがもう一度振り向く。

「あ、大丈夫。ちゃんと手綱握ってるよ。僕、自分で馬に乗ったことはないけど、少しは知ってるんだ。でも今は、これ持ってるだけで大丈夫……なんだよね?」

 黒い馬は頷いて、走り始める。ヒプノス島の海岸で乗せてくれた時と同じ。徐々に加速して、あの時より速く走ってる。





 黒い馬は時速60キロに近い速度で走ったので、王宮へは直ぐに着いた。

 ちょうど中庭に出ていた王様は、僕らに気付いて、黒い馬も王様の方へ歩いて行った。僕は降りると、王様に呼ばれて目隠しをされた。


 あぁ、これも、知ってる。見たらいけないんだっけ。


 王様の片手が外されると、馬具を外そうとしている人間のオニキスが居た。いくつかのベルトやホルターを外してる。


 あ、わぁ…………大変そう。


 王様が重ねて着ていた衣服を脱いで、オニキスに渡す。僕は裸のオニキスよりもドキリとした。インディゴブルーの、王様の服…………オニキスって、やっぱり王様と似ている。


「レイン!」


 王様の服を着たオニキスに抱きしめられる。僕の、黒い居場所じゃないみたい。これじゃあ、まるで……


「王様みたい……オニキス」


 オニキスが離してくれない。僕は部屋に行こう?って言った。





 オニキスは部屋へ入るなり、ベッドのシーツを剥がして、着たばかりの王様の服を脱いだ。

「オニキス。黒い服しか着たくないの?」

「そういう訳では」

 シーツを纏ってる。白いシーツだけど…………あぁ、これは、お休みの日のオニキスだ。ずっとベッドから起きてこない時の。

「何、笑ってるの?レイン」

「僕が、王様みたいって言ったから?」

「…………私は、王様じゃないもん」

 プイとベッドに寝てしまった。あ〜あ……

「ねぇ、オニキス。僕とお喋りしないの?」

「してどうぞ?」

「僕、オニキスに抱っこしてほしいなぁ」

 背を向けてたオニキスがこっちを向く。

「服を着てない人にそんなおねだりしないよ、オニキス」

「王様にも」

「ぅん?」

「王様にも言うの?レイン」

 レインは笑ってしまった。

「レイン!」

 シーツごとオニキスに抱きついた。

「言うと思うの? 僕が? 王様に?」

 レインは、オニキスが最後に会った時よりも、背が伸びている。オニキスは、何一つ、変わっていない。

「あんまりオニキスが会いに来てくれないと、言うかもね?」

「レイン!」

「オニキスに会いたいです……って」

 オニキスは、レインの成長に驚いていた。少しの間、離れていただけで、レインが揺さぶりをかけるような物言いをしてくる。

「ベッド、貸してくれる?」

「疲れたの? オニキス」

「……ぅん。寝ていい?」

「ど〜ぞ」

 オニキスは風呂も食事もすっ飛ばして寝てしまった。













 夕食の時間になっても、オニキスは起きてこなかった。





 週末で、明日は学校なくて、ベッドに裸で眠り込んでるオニキスが居て。


 なんだか、ヒプノス島のオニキスの部屋に居るみたいだ。この感じは、お休みの日。オニキス、きっと土曜の昼過ぎまで……もしかしたら、夕方まで寝てるかも。


 ずっと…………ここに居れば、いいのにな…………


 オニキスの髪を触っていたら、オニキスに手を掴まれた。

「……今、何時?」

 あ、起きた。

「0時過ぎたとこ。土曜になった」

「土曜は空いてるよ、レイン。私としたいこと、ある?」

「え!えぇ…………本当? 丸一日?」

「うん」









 農村部の墓所。防風林に隣接した一区画が区分けされ、何基かの墓石が建っている。


 横長の台形に切られた御影石に、洲浜紋すはまもんと横書きで『炭洲すみす』と彫られている。

 掃除をして、お花とお供え物、線香に火をつけて、お参りした。レインは手を合わせて目を瞑り、お祈りしてる。


「ありがとう、オニキス。連れて来てくれて」

「お墓参りのシーズンじゃないけどね」

「うふふ、そうだね。いつ来てもいいんだけど、ここ、隣が林で周りは畑だから、独りで来るのちょっと怖いんだ」

「ご両親に報告したいことは伝えられた?」

「……うん」

「私には?」

 オニキスはレインを見ている。レインはオニキスに話したいことが沢山あった。

「昨日私は寝てしまったから、レインと全然話せてない」

「そうだね」


 オニキスと何でも話したいのに、何から口にしたらいいか、よくわかんないや。


「お昼食べに行こうか、レイン。食べながらにしよう」

「うん!」









 食事は、そんなにお腹がすいていなくて、軽く済ませて店を出た。オニキスとは、それほど話せてない。大事な話は、全然話せてない。


 僕はオニキスと、アーバン行きのバスを待っている。昼過ぎ。バスに乗って、アーバンの王宮へ戻って……そしたら今日が、もう終わっちゃうな…………

 オニキスは明日は仕事で、それが済んだらヒプノス島へ帰っちゃうんだよな…………

「はぁ」

「どうしたの?レイン」

「どうも、しないです」

「レインくん。バスで帰りたい?」

 農村部でタクシー呼ぶのは無駄だよ、オニキス。待ってる間にバスが来る。

「ねぇ、レイン」

「はい」

 オニキスが僕の両肩を掴んで、後ろを向かされる。

「なぁに? オニキス」

「私はレインの楽しい顔が見たくて来たんだ」

「楽しい顔って……オニキス」

 そんな、僕の顔が面白いみたいに……


「乗ってく?レイン」


 振り向くと、真っ黒い馬が居て、目が合う…………オニキス……いくら田舎でもヒプノス島よりは人が居るのに!





「アーバンと逆方向だよ?オニキス」

 オニキスはインテグレイティア外周の指定キャンプ地も抜けて、草原を走っている。

「僕を乗せてヒプノス島まで走るつもり?」

 外乗レーンを高速走行していたオニキスとは違う。目茶苦茶に駆け回っている。

「あんまり激しいと、僕落ちちゃうよ」

 軽く後脚立ちリアリングしてオニキスは停まった。しゃがんで、はぁはぁしてる。僕は一旦降りて、訊く。

「目隠しする?」

 頷かれる。

「もういい?」

「もう……いい……よ」

 いつものオニキスが草原に伏せてる。

「どうしちゃったの??」

「…………」

「オニキス?」

「レイン、食べてる時も話してくれないし、バス待ってて、このまま今日は終わっちゃうのかな……て思ったら」

「あは……はは。オニキス、同じ……同じこと思ってた!僕も」

「もうこのまま、ヒプノス島へ、連れて帰りたいなって」

「ほんとに帰る気だったの?」

「本気なら今頃砂漠の途中だよ」

 オニキスは葛藤して、ぐるぐる駆け回ってたみたい。





「オニキス、あのね……僕なりたいものが、見つかったんだよ」





 僕は一つ一つオニキスに話した。






 

 


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