30 夜は星を従えて

 王様が連れて来た、二人の少年はまだ小さい子どもに見える。





 消し炭色チャコールグレーのブレザー。半ズボンにノーネクタイ。シャツと靴下はほのかな水色。名札も刺繍もなく、ジャケットのボタンが校章デザインになっている。学校指定の鞄や靴も、至って普通の学生鞄とローファー。私立校の主張をしてくるアイテムや特徴的なデザインはない。知っている人にだけわかる制服。

 二人の少年は、そのような恰好をしていた。



 


 ヒルコはまるで猫のように、中二階のはりの陰から、王様と少年らを覗き見ていた。王様はヒルコに気付くと、目配せして寄越す。


 見つからないように!


 少年らは、制服の上からインテグレイティアのシンボリックカラーデザインのお仕着せを、まさに着せられている。ヒルコは苦笑した。


 あの二人の子どもは、わかっていない。人当たりの良い王様の雰囲気に呑まれて、いったい何をさせられるのだろう。


 好奇心の虜になったヒルコは、王様と少年らの後をける。





 王宮は、いつになく人の出入りが多い。今宵開催される夜会の準備で、大広間を中心に会場がセッティングされていく。





 そうかそうか。王様は夜会に出るのに、連れて来たのか……


 ヒルコは得心が行くと、興味のなかった夜会を見物したくなってきた。









 陽は落ちて、夜会へ招かれたものたちが次々と王宮へ現れる。正礼装の賓客ひんきゃくを眺めている。

 イブニングのドレスコードに混じって、ヒルコも大広間に居た。


 ヒルコは、スタンドネックの極端に襟を立ち上げた、変わった形のドレススーツを着ている。首元は隠され、身体の面に纏いつくようなデザイン。

 何の装飾もない真っ黒なスーツなのに、ヒルコの美しい外観を浮かび上がらせるアウトラインは、綿密な採寸と縫製で仕立てられていた。

 ジャケットはベストのように、中に着ている白いドレスシャツの袖全体が露出するデザインで、袖口だけ大きな折り返しカフスは、ヒルコの髪色と揃いの暗い金で、ぐるりと縁を細く灯していた。


 ほぼ無彩色の装いでありながら、人々の視界をすり抜けて歩くヒルコは、際立つシルエットと高い位置で結われた長い長い髪の揺れきらめく様で、誰彼の心をくすぐり回っていく。





 王様は、離れていても一際ひときわ目を引くヒルコに、溜め息をついた。

 良くも悪くもヒルコは目立ち過ぎる。人の心を簡単に、掻き毟るほどの昂揚をさせて…………誰が彼に、あのような造形を与え給うたのか…………


 しかして、天頂の星は地上の王へ歩み寄り、こうべを垂れた。





「二人とも、おいで」

 王様は少年らに声をかけた。大勢の着飾った人々の中へ呼ばれて、二人は歩いていく。キラキラしている、人の輪の真ん中へ。





「大丈夫? 私の傍に居ればいいからね、レイン」

 王様は自分にしがみついてくる一人の少年に言った。レインは、王様がオニキスと似ているので、時々オニキスにするようにしてしまうのだ。直ぐ放して言う。

「僕が……僕が居ていい場所じゃないように、思ったんです」

「ねぇ、レイン。どこへも行かないで」

 王様はレインに囁いた。オニキスみたい…………オニキスは…………王様がオニキスに似てるの? オニキスの方が王様に似ているの? どっち?

 レインにはわからなかった。


 王様の背に隠れて、人々を見た。

 レインは知った。

 世界の真ん中になる場所は、人が集まるところなんだ。僕が思う場所とは違うみたい。それでもきっと、又、こんなところへ来れたのは、オニキスが連れて来てくれたからなんだ。





 夜会に現れた王様に付き従う星々のような従者は、一同の注目を浴びる。

 権威からは遠くかけ離れた存在であったのに、王様は貴いものを見る眼差しで人々から見られていた。

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