28 紙の星

 王様は、インテグレイティアの真ん中へ、探しものをしに来ました。


 アーバンには、色々なものがあります。良いものも、悪いものも、何でも集まってきます。


 歪に囲まれた真ん中には、私立の小学校があります。ここには取り分け良い子が集まっていることでしょう。


 きっと、王様の探しものも見つかるはずです。









「こんにちは。何をしているの?」

 王様は、ひとりの少年に声をかけました。少年は俯いたまま。

「天気図をかいています」

 答えました。少年は、録音された気象通報を聴きながら、天気図用紙に書き込んだ数値や気圧配置をもとに、等圧線を描いていました。

「これは大雨の日?」

「はい」

 少年が顔を上げると、王様が天気図を覗き見ていました。

「マリアナ山から流れるナイアス川が増水して、アーバンでも冠水したところが沢山ありました」

 王様が来たのは小学校の理科室で、放課後のクラブ活動をしている、理科クラブの生徒たちが居ます。

「君の名前をおしえてくれる?」

照井戸てるいどシェファー」

 王様はお付きの女性が持っている名簿を見て、シェファーに訊きました。

「理科クラブを選んだ理由は?」

 シェファーは答える為に考えました。


 理由は、選ぶ人が少そうだったから。先輩が卒業でいなくなってしまうから。授業ではやらない生物の解剖をする話や、デモンストレーションで見た炎色反応実験が綺麗だったから。

 でも、このなんだか偉そうな大人の男の人に答えるには、何がいちばん適当であるか……

 ふと見た、ペンケースに入れたままの星。クラブ勧誘で先輩にもらった、紙の星。紙テープをくるくる巻いてつくられた立体の小さな……『理科クラブへ来て』と書かれた、僕の星。


「星を……もらったからです」


 指先で丸っこい紙の星を弄りながら、ハッとした。僕はなんて馬鹿馬鹿しい答えを……


 男の人は、驚いた顔をしたかもしれない。笑ったかも。それとも、呆れてる?


「キッカケは、本人にしか響かないものだったりするよね」


 顔を上げられないでいた僕に降ってきた言葉は、そのどれでもなかった。僕が黙ったままでいると、その男の人はしゃがんで言った。


「何をあげたら、君は私のところへ来てくれるのかな……」

 何を、言っているんだろ……

「別に何も……名前を呼んでくれたら僕は」

「名前?…………シェファー」

「はい」

 男の人の顔をちゃんと見た。優しそうな顔。こんな人でも、恐ろしいほど怒ったり、冷たい目をしたり、する? しなさそう。うううん……わからない。僕は、自分のお父さんのこともわからなかった。今初めて会った人のことなんて、わかる訳ない。


「ねぇ、シェファー。又ここへ来てもいい?」

「好きに、すれば……いい、です」

「水曜の放課後なら、シェファーは、居るのかな?」

 ここへって、そういう意味? これはいったい、何??

「居る……はずです」

 絶対なんて無いからね。居る確率は極めて高いです。そして、『又』は信用する価値のないものだってこと。僕は知ってる。

「またね、シェファー」

 言動で、その人がどんな人か予想を立てることが、少しはできます。名乗りもしないで去るこの男の人は、降水確率60パーセントくらい、優しそうでコーティングした嘘つきかもしれません。





 疑り深い眼差しを向けてくる少年が、印象的に記憶されてる。シェファー。惹かれることに理由なんてないよね? わかるよ。心が動かされて、どうしようもないまま身体が従う感覚。


 探しものは、見つかったと思う。

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