24 甘言

 半年過ぎたら、僕はヒプノス島へ戻って、オニキスの家に居て、ハルといっしょに勉強して……そんな毎日に戻ってるはず。


 アーバンの王宮で僕は、他の想像なんてしなかった。





「レイン、もうすぐオニキスがインテグレイティアへ来るよ」

 夕食の時間、王様はレインに言った。

「本当に?まだ全然半年じゃないけど」

 王様は、食堂の長い長いテーブルの上座の席に居る。レインは、うんと離れた末席に。

「仕事でね。きっとここへも立ち寄る」

「オニキス、僕にも会ってくれるかな……」

 離れた席に居ても、王様にはレインが案じているのがわかった。公私混同しないオニキスだ。

「私より君に会いに来るさ」









 それからレインは、放課後すぐに、王宮へ帰ってくるようになった。

 或る日の夕方、中庭に居たレインは、回廊を歩いてくる足音を耳にした。


 知ってる足音……


 レインはたまらず、音のする方へ駆けて行った。黒い人影。オニキスだ! 王様と居る。何か話してる。


 回廊の柱のかげから覗き見る。オニキスは黒い服。王様はインディゴブルーの長い服。二人は似ている。


 背の高さ、長い黒い髪、青い目。声も似ているんだよねぇ。どうして?


「レイン、おいで」


 王様が声をかけてくれた。話は終わったみたい。僕が二人のところへ行くより先に、オニキスが僕のところへ来た。


「レイン!」


 オニキスは僕の名前を呼んで、僕を抱きしめた。

 オニキスの黒い服しか見えない。視界、真っ黒。ちょっと懐かしい感じ。


「レインと別れて何年経っただろう」


「2ヶ月、じゃない? オニキス」

「2ヶ月だな」

 王様も言った。あ、離してくれた。


「このまま私と帰る?」

 僕が会ってすぐの頃のオニキスは、よそいきの顔をしていたんだって、今ならよくわかるよ。

「オニキス」

 王様が子どもを諭すかのように呼ぶ。

「オニキス。僕の部屋見せてあげる。行こう?」

 僕はオニキスの手を取って、部屋へ向かう。

「オニキスって、王様にはかっこつけないんだ」

 オニキスに耳打ちする。

「私がそうしたいのは、レインにだけだし」

 真似して耳打ちで答えてくれた。

「今更会った頃みたいにするのは馬鹿馬鹿しいけど、レインがそっちの方がいいなら」

「あのね……」

 オニキスは普通にかっこいいから、そんなの要らない。僕はもうほとんど息するみたいなヒソヒソ声で、オニキスにそう言った。





「学校はどう?レイン」

「いい、よ。僕が通っていた学校とは、全然違う感じ」

「公立と私立の違いかな」

「どうして僕をあの学校に入れてくれたの?」

「入ったのはレインだよ。編入試験受けたでしょ?」

 うぅん、あんな良い学校、たった半年通うだけなら、選ぶ必要はどこにあったのかな……

「レイン」

「はい」

「卒業まで通ってみない?」

「……え??」

 卒業、まで? どうして? 僕はヒプノス島に……

「レインは将来、何かの仕事に就きたい?」

「うん」

「義務教育の途中で連れ出してしまって、本当に悪いことをしたと思ってる」

 オニキスは何を言ってるの……

「オニキスは、助けてくれたじゃない」

「このまま今の生活を卒業まで続けてみない?」

「それは……僕が卒業まで続けたら、次は中学校へ通うように、オニキスは言いに来るの?」

「レインと……帰りたい」

 オニキスの方が保たなかったみたい。

 オニキスの黒い服は、僕の秘密の居場所だ。なんにもなくなってしまったとしても、オニキスの腕の中を思い出せたら、僕は宿無しになっても大丈夫そうだよ。

「ねぇ、オニキス。僕、小学校でも中学校でも卒業まで通うよ? その先だって考える。オニキスは、かっこいい仕事に就いた未来の僕を……見てみたくない?」

 随分大口叩いてる。先のことなんてわからないよね。でも、僕もオニキスにかっこつけられるように、なりたい。

 オニキスはかっこなんかつけなくても、かっこいい。僕もそうなりたいの。

「レインは充分かっこいいと思うよ」

 オニキスの腕の中に居て、オニキスに褒めてもらえる。僕は何でもできそう。

「私が……あんまりレインに構い過ぎるのは良くないんだって。レインはどう思う?」

「どう良くないか言ってた?」

「レインがダメになるって」

「確かに……オニキスと居ると」

 両親より甘やかしてくれる。お母さんやお父さんは、僕が何でもできるようにって、色々教えてくれたけど……オニキスは僕に、贅沢を覚えさせてしまった気がする。この今の王宮生活だって、そうだ。

 でも、オニキスの膝に乗って、真っ黒い居場所に居られるのは、今が最後かもしれない。僕はすぐ大きくなって、今みたいにできなく……したくなくなるかもしれない。

「レイン?」

「オニキスがね、僕と帰りたいっていうの、少しだけ、僕にもわかるかも」

 オニキスは何も言わずに…………僕が降りるまで、このままで居てくれた。


 なんだろう…………大切に思うものって、旨く言い表せない。オニキスくらい大人なら、言葉にできるの?

 

 僕はいつか、オニキスに返したい。いっぱい、いっぱい、いーー……っぱい。早く、大きくなって……強くてかっこいい大人になって……………………でも今は、後少しだけ、オニキスに甘えていたい。









 夜中。

 オニキスは王宮を出て行こうとしていた。王様はオニキスに言った。


「おまえのそういうところが嫌いだ。夜のうちに姿を消すなんて、明日レインが」

「レインには帰ったと言ってくれ」

「オニキス……狡いぞ」

「仕事で又来る。その時は必ず、立ち寄る」


 それだけ言うと、オニキスは深々と一礼して、王宮を後にした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る