23 王様と少年
水曜の放課後、小学校の図工室でレインは絵を描いていた。
大きな白い画用紙に、水色絵の具でマーブリングしたもの。それを海に見立てて、上から紙の島を貼る。
紙の島は、ヒプノス島だ。
ヒプノス島の形が合っているのか、レインにはよくわからない。紙の島には港、刑務所、オニキスの家、住宅地区と集会所、図書館、大通りの商店街、森、幾つもの海岸、レインの知っているものが描き込まれていて、色が塗られている。
レインは気付いていないが、レインの印象が強い部分は肥大して描き込まれていて、島の形は歪んでいる。
週に1回、クラブ活動で絵画クラブに入ったレインは、記憶を頼りに島の絵を描いていた。同じクラブの生徒は写生に出ていて、図工室に居るのはレインと数名である。
足音。
知っている足音。気の所為かもしれない。
レインは、廊下を歩いて近付いてくる足音を、知っているような気がしていた。
ノックと、やはり知っている声。開けられる引き戸。
「こんにちは。先生はいないのかな?」
男の人、黒い長い髪を後ろに結んで、背が高くて、隣には女の人。
僕は今、オニキスと離れて、王宮で暮らしてる。半年の間だけ。又、小学校に通っているんだ。
男の人はオニキスにそっくりで、女の人は、顧問の先生が写生の付添いで外出していることを話してる。
どうして『王様』が小学校の図工室に来てるの??
僕は気になって不思議でしょうがなかった。王様は、絵を描いてる生徒に1人ずつ、少しだけ話しかけていった。窓際の席に居た僕のところへ、王様が来る。王様は小さな声で、僕にだけ聞こえるよう話しかけた。
「やぁ、レイン。調子はどう?」
「さっきまでは良かったです」
王様はレインの絵を見た。ヒプノス島の真ん中に『オニキスの家』とある。実際オニキスの家がある場所は、島のど真ん中ではなかったはず。
「レインの世界の中心は、そこなんだ」
「あの、小学校にどんなご用ですか?」
「ス カ ウ ト」
レインが
「新しい役職には新しい人材を必要としている」
「役職…………小学生は、就職には程遠いですよ?王様」
「とっても、かっこいい、役職だよ?」
かっこいい…………いやいやいや、いや。小学生を青田買いしにくるスカウトなんて、怪しいに尽きる!例え、王様でもね。
レインは頭がぐるぐるしていた。こんな思いがけないこと、次があるかはわからない。興味を抑えきれない。レインはこっそり、より小さな声で王様に訊いた。
「それ『強くてかっこいい』ですか?」
王様は口元を片手で隠した。小声でレインに返答する為ではなく、抑えきれずにほくそ笑む、いやらしい笑みを秘す為に。
「インテグレイティアに王が居て、地方には領主が居て」
王様はレインと目を合わせて言う。
「新しい従者を欲している」
「従……者」
王様や領主の従者って、それって……
「私の騎士を」
王様の言葉が頭から離れない。
王様は図工室に居た生徒に声をかけに来た。僕は最後だった。
王様は名簿のような書類を持っていて、(お付きの女性は学年主任の先生だった)生徒の名前と本人を照らし合わせていたんだと思う。スカウト話の真偽はともかく、僕は選定基準が気になっていた。
下校したレインは、王様に話の詳細をねだった。
「君にはスカウトを持ちかけるつもりはないよ。オニキスに恨まれたくないからね」
王様はさも当然の如く、レインに言った。この話は終わりだとでも言うように。
残念な顔を、諦めきれない目を、見たい。手を差し伸べるのは、私だから。
騎士候補に相応しい資質は1つだけ……『心酔』……でもそれは、レインにはない。もう他のものに向けられている。
拠り所ない、何者でもない、幼い子どもを探しにいった。育ちの良い、放浪者を。
そのようなものは、レインと後1人しか、見つけられなかった。
大体そう簡単に、見つかるとは思っていない。2人も目星をつけることができたのは、奇跡的なのだ。
レインの通っている私立の小学校は名門校で、ここの生徒に育ちの良さを求めることは造作もない。孤高なる、先を見据えた早熟な子も、珍しくない。ただ、それらを満たすだけでは、足りなかった。
王様は身近に居るレインを日々見ていて、知らずにレインに惹かれていたのだ。
レインは、境界感覚が強いようなのだ。オニキスから話は聞いている。両親を失って、不安定になっていることも。
レインには、いつでも、どこかしら、オニキスがあるのだ。普通なら親の存在があるところ。レインはそれを失って、入れ替わるように現れたオニキスで埋めたのだろう。そう、レインにおけるオニキスの存在こそが、
レインは騎士のことで、頭がいっぱいになっていた。
インテグレイティアに騎士なんて役職は、ない。きっと王様が言っていたのは、インテグレイティアで初めての騎士になる人を探している『未来の話』でしょう?……………………はぁ。どうしたら騎士になれるの?絶対いいよね?
想像してみて?ねぇ!オ……
どうして僕は今、オニキスと離れているんだろ…………こんな話は、オニキスとしたいのに…………
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