17 常夜島

 常夜島とこよのしま

 常に夜の世界。稀人まれびとの来訪により富や知識、命や長寿、不老不死がもたらされる異郷。









 ヒプノス島は常世とこよのよう。……現世うつしよの果て、海の彼方にある、永久に変わらない、まるで黄泉の国。





 響希野ひびきのスクナは、矯正医官として医療刑務所の専門医に就いている。


 平日勤務時間(38時間45分)のうち最大19時間までを外部医療機関や大学等における調査研究や医療技術向上を目的とする時間に充てることが可能であり、国家公務員の医師の中で、矯正医官については、兼業の特例が認められている。


 スクナは午前中を医療刑務所、午後は特別収容施設に居ることが多い。施設に収容されている患者は、1名。





 特別収容施設は元々、刑務所より先に建てられた、貿易港にある海浜病院の分室である。島民の為の診療所、更には外国人の為の一時的入院施設という側面もあった。


 今は……地上の診療所は閉鎖され、診療所自体は大通りの住宅地区に近い場所へ移転している。


 残された地下施設は、特別収容施設と名を変え、最後に入院していた……いや、抑留措置をとられていた外国人数名を治療する為の場所になっている。





 特別収容施設。

 ベッドに横たわる異形。上半身は人間、下肢は馬の脚。尾は力無くダラリとしている。


 サントリーニ島のフレスコ画に描かれた少年のようだ。捲れた皮膚は褐色の肌のよう、斑に抜け落ちた頭髪は……遠目には、長く弛くほどけたドレッドヘアのよう。全体的には、東西の造形が入り混じった、黒髪の牧神……そのような感じだ。

 近付くと、それは憐れみしか……他にどういったものも、浮かんでは来ない。


 頭部、額中央の生え際付近に、つのがある。根元は裂傷、角そのものは前頭骨の延長であるが、角として目視できる部分は半透明の白色から、全体部は黒色となっている。


 黒曜石のユニコーンだ。

 白くて神々しい一角獣ではない。禍々しい、死にかけの、よく、わからないもの。


 インテグレイティアは『これ』に、必要なものを湯水のように使い、生かし続ける。


 監獄に居る刑吏たちは、知っている。医者は処置にあたるだけ、詳細は知らされていない。





 スクナは引継ぎで手渡された、角に関する書類に目を通していた。


 角を……切断して、裂傷部を縫合しろだと?


 スクナは想像した。根本はアイスホワイト、グラデーションも短く黒曜石のガラスナイフのような角。憐れな本体にイメージが引きずられていたが……角単体としては、あまりにも美しい刀身のようである。

 角が余計な苦痛を与えていると?

 角は、アイデンティティではないのか?


 スクナは考えることを中断した。そう、余計な苦しみそのものだ。ただ、角は成長し続けてもいる。切断するとしても、根本より奥に、成長点のようなものがあるかもしれない。





 角を切り落として、傷は縫い合わせる。角は成長し続ける。行き場を失って、皮膚の下で暴れ回る。爛れた皮膚も筋膜もこげ落ちて、全ての骨が黒曜石化する。憐れみは寛解するだろう。

 馬鹿馬鹿しい妄想を、スクナはやめた。









 ヒルコは生まれて三才には打ち捨てられ、世界の外側まで流され、常夜島へ漂着した。


 不具の身体は立つこともままならず、浜辺を這いずるヒルコを、島のものは見つけて拾った。島のものは、ヒルコに食べるものを与え、寝るところを与え、我が子のように慈しみ、育てた。


 ヒルコの目は透明な冬の海水色と、髪はゆるゆる長く、暗い金色をしており、その静謐せいひつたる様に、常夜島におられた神の一柱はヒルコに足りない腕を、又一柱はヒルコに足りない脚を、それぞれお恵みになられた。


 ヒルコは新しく整えられた身体で、はじめて身のうちにあった力を知る。


 ヒルコは神と島のものとに見守られ、立派に成長を遂げた。神はヒルコに、国主の力となるよう助言される。ヒルコは力の意味を理解して喜び、ぬかづいて神に拝礼した。


 夜の世界からヒルコは旅立った。









※参考、引用。

「常世」ウィキペディア


「矯正医官について」法務省

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