11 ヒプノス島

 安易な想像は、同じくらい容易く、現実に圧倒されたじゃないか……





 僕は、今、迷っている。

 比喩的にではなく。


「どうしよう、どうしよう、どうしよう、どうしよう」


 僕は昨夜ヒプノス島へ着いた。興奮して眠れないかも! とか思っていたのに記憶がない。いつ寝たんだ僕は。


 オニキスは日中仕事で居ない。


「本当は私が島を案内したいけど」

「仕事でしょ?」

「本当はレインと遊」

「いってらっしゃい」

「帰ってくるの夕方だよ? 外で遊ぶ時間ちょっとしかな」

「はいはい」


 僕はひとりで遊ぶし、勉強するし、ごはんも食べられるから。いってらっしゃい、オニキス。二回言ったよ、いってらっしゃいって。


 僕は気が付いた。オニキスは隠さなくなった。浮かれてるの、楽しいとか。アーバンのオニキスは『よそいき』の顔をしてたんだ。知らない人に見せる顔。


 ヒプノス島は、オニキスのホームなんだ。オニキスは僕をうちへ連れて来てくれたんだよ。





 ニヤけてる場合じゃない……さしあたっては、オニキスの家へ戻らないと。ウロウロ…………ウロウロ…………


 どこだよ? ここ。僕、どこにいるの?

 ヒプノス島……全然小さい島じゃなくない?


 外へ出てから、まだ誰にも会っていない。確かに人が少ないのかも。いや、僕は人があまり行かない場所へ来てるのかも。

 林みたいな中へ歩いて来たら……インテグレイティアの農村部にある、防風林くらいの感覚で入ったら、ちゃんとした森だったのだ。


 レインは森の中へ入って、方向感覚がなくなっていた。闇雲に歩いていたら、斜面を滑り落ちた。森からの解放……砂浜……海だ〜〜。


「わぁ……」


 目の前に拡がる砂浜は、想像していた通りの『最果ての海』だった。

 

 貿易港の人口物に切り取られた海とは全然違う。


 感慨にふけっている場合ではなかった。ひらけた場所に出ただけで、迷子なのは変わってない。

 でも。海に出たのはよかったかも。だってここは島なんだから、海沿いに進めば、いつか港にブチ当たるんじゃない?


 砂浜は、途切れていた。

 崖や森に囲まれた、それほど大きくはない砂浜だったのだ。


 僕は諦めて、滑り落ちてきた斜面の場所へ戻った。二メートル? 二・五メートル? 斜面の高さは、僕でもなんとか登れそうな感じ。来た道を戻ることが、いちばんの得策に思える。島の外周なんてわからないものを、当てずっぽうで歩くのは危ないことなんだ。


 森の中を歩くのは、怖かった。足が自然に速足になって、何か居やしないか気になって。何もないところで転んだ。今よりもっと小さい頃は、転んで膝をすりむくと、痛くて泣いて、立ち上がれなかったのに。

 森を抜け出た時には、夕方になっていた。









 ちょうどオニキスは、家が見えてくると同時に、レインも見えた。外に出ていたのか。


「レイン」


「あ! オニキス。おかえりなさい。僕……近所を散歩して来たの」


 レインは……汚れていた。泥? 砂? 森か、海へでも行っていたのだろう。


「もう少し早く、帰ろうと思ったんだけど」

「人通りのある方へは行かなかったの?」

「う、うん」


 オニキスはしゃがんで、レインの擦り傷になっている膝を見る。立ち上がるとオニキスは、レインを抱き上げて家の中へ入っていった。







 オニキスは僕をキッチンへ連れて行って、シンクで膝の傷を洗った。テーブルの上に座らせられて、傷の手当て。膝の汚れを洗い流すのにシンクの水道なのは、なんというか、力技な気がした。


「……ごめんなさい」

「え?」

「怒ってるんじゃないの? オニキス」

「子どもが怪我していたら、大人はなんとかしようって思うだけだよ」

「そうなの?」

「そうだよ」


 僕はテーブルを降りて、オニキスに抱きついた。オニキスに寄りかかって、オニキスの真っ黒な服に顔を埋める。オニキスの手が僕の頭をなでている。お母さんもお父さんもいないのに、僕が怪我したら心配して、僕が甘えたら頭をなでてくれる人がいる。


 僕はここへきてよかったんだ。

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