5 皿千

 先週、金曜。


 そのレストランは、週末のディナータイムになると、時折宿泊客でも断られるほど入店できない。





「予約しておけばいいだけの話です」


 サンドブレスト・ブルーは、金曜の夜だけ、必ず三人席を予約していた。


「アーバンに住んでいますと、ホテルに泊まる用事はありませんので」

「良い店は行き尽くしたと思っていました」


 サンドブレストより二回りは上の二人。物流ルートに関する重要な取引相手。ハイワイトの領主は、ディナーコースの時間内で綿密に話を収めていた。会談を終えて、談笑中。


「サラセンホテルは最高ですよ」


 仕事で来ているのに、サンドブレストはホテル滞在を満喫していた。ここに居ると、一様に客扱いされることが気楽で、気分も良い。最高だ。

 特に朝がいちばんいい。昼前ギリギリでも誰にも…………あぁ、一人いたな! 笑顔の奥に、見下すような目線の給仕が!


 思い出し笑いをするサンドブレストに、招かれた二人は目を奪われる。


 成り上がりの若造領主は、朴訥ぼくとつなようで口は旨く、灰白色かいはくしょくの、白砂のような美しい色の髪に、淡い水色の目をしていた。明るい色の虹彩は光を通しやすく、夜でも偏光グラスを愛用している。

 インテグレイティアには様々な人が流入してきて久しいが、それでも黒髪に深い色合いの目が、一般的。一見すると、非日常的な外見のサンドブレストには、周囲が勝手に近寄りがたい雰囲気を抱きがちである。間近に対話している二人もだ。


「仕事なのに……楽しい!」


 思い出し笑いの彷徨う視線は、二人に合ったかと思うと控えめに外され……サンドブレストが笑みを溢す様を目の当たりにした二人は、その印象が……いとも容易く好青年へと変わっていた。


「こちらにはいつまでご滞在を?」

「今度はあなたを招待したい」


「実は……今夜の食事が旨く運んだなら、次はもう少しリラックスできるところで話を進めたいと考えています」


 ニ人は瞬時に想像した。ここよりリラックスできるところ? ……高級レストランでも、個室か? それなら確かに……


「私が滞在している部屋です」

「「?!」」


「軽食を用意します。長い話になることでしょう。ソファで寛ぎながらは……いかかでしょうか?」


 ニ人は是非と即答した。サンドブレストが、ここで初めて、名刺に部屋番号を書いてニ人に手渡した。

 サンドブレストの名刺は、表にフルネームと立葵紋たちあおいもん、裏にハイワイトの住所と電話番号のみ、飾り気のないもの。持ち主には、意図せず人たらしな一面があって、実にたちが悪い。









 先週、土曜。


 サンドブレストは、自分のテリトリーに獲物を引き込むことにほぼ成功して、次のシミュレーションを考えていた。サラセンホテルで良い部屋を取った甲斐がある。


 取引相手を近い将来、ハイワイトの立葵城たちあおいじょうへの招待に応じさせる段階までもっていくことが、サンドブレストの当面の課題……であったが、食事を共にした相手は既に、彼が望めば応じる状態まで魅了できていた。





「葵様」


 皿千の料理長が、ハイワイトの領主に深々と一礼して、挨拶を述べに立ち寄った。


「お寛ぎのところ、失礼致します。この度は毎週末のご予約をいただき、誠にありがとうございます。当店のディナーはお気に召していただけましたでしょうか?」


「料理長……居らしたのですね。私はここが大層気に入ってまして、仕事で使わせていただきましたが…………最高、ですよね」


 直情的な賛辞に、思わず顔が綻ぶ。


「コースのデザートを、その、対話に集中してしまっていて、物足りないのです。何かおすすめがありましたら頼めますか?」

「! ……喜んで」


 サンドブレストは金曜のデザートを上の空で食べてしまったから、土曜に追加を所望している。料理長の心は踊っていた。そんなことってある? そんなこと……一度もない!

 そして持ってきたら、料理長に少しだけ話したいと言ってくる。


「それでは……」

「待って! ……ください。言わないで。秘密のまま持ってきてください」





 この晩料理長は、着席して顧客から対面でディナーコースの感想を詳細に聴かされるという、ちょっとした珍事に遭遇したのであった。

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