4 黒曜馬

 雨の午後、黒衣の隊列が行く。


 刑吏のオニキスは、ヒプノス島からインテグレイティアまで、隊列を先導して砂漠と荒野を越えて来た。インテグレイティアの外縁部が見えてくると、決まって離脱する。


「隊長、先行かれたんですか?もう、直ぐなのに」

「先っていうか……私たちに先行くよう言うんだよな」

「なんで?」

「あぁ、知らないのか。隊長、いつもインテグレイティアへ入る前に見回るの、癖になってるんだよ」

「それ、刑吏の範疇、超えてません?」

「だよな〜。でもそれであの人……隊長な、外縁部ギリギリの住人ほとんど把握してんだぜ?」

「謎のローカルコネクション」

「ご近所の挨拶してくるご年配じゃね?」

「隊長、いちばん若いのに」

「な〜んて……こんな駆け足台風の日くらい、律儀に踏襲しなくてもいいのにな」

「そうですね」





 隊列は、農村部で最も広大なハイワイトに到着した。ハイワイトは刑吏がインテグレイティアへ来ると必ず立ち寄る地である。


 丘陵地帯のハイワイトではいちばん外向きに城がそびえ立ち、その姿は荒野の灯台のようでもある。城下に広がる緑地は豊かで、人の住まう境を見せつけられる光景だ。

 

 城には刑吏たちの為の客室も沢山あり、馬はアーバンへ向かう前に一部城の厩舎へ預けられる。


「領主は留守か……」

「アーバンへ出向中です」


 立葵城たちあおいじょうの城主でもあるあおいサンドブレストは、商工会議所の面々と共にアーバンへ出向いている。取引先とスムースに話を通す為、サンドブレストだけは単身アーバンに残っていた。


 サンドブレストはハイワイトの領主であり、人々にはサンドブレスト・ブルーと呼ばれている。

 ハイワイトのシンボルカラーは白で、青はアーバンだが、領主はアーバンから選出されてハイワイトへ来るのと、立葵城の葵ブルーから根付いた愛称でもある。


「雨と風で道中大変でしたね。お部屋と厩舎の用意はできております」


 留守居るすいの女性は刑吏を迎え、客室へ案内した。





 刑吏の馬は全て黒曜馬こくようばで、一見、黒毛の馬と似ているが異なるものである。

 原種は今はなきロプノール湖付近の野生馬とされるが、核実験場事故の影響で現れた突然変異種で、現在ではこの亜種を指して黒曜馬と呼ぶ。


 黒曜馬は、半人半獣の異形なるものだ。人の言葉や情動を理解し、人の倍は寿命がある。各地に残る神馬の伝説や伝承のうち、幾つかは黒曜馬のことである。





 刑吏たちは案内された客室で手早く荷解きすると、皆厩舎へ向かった。黒曜馬たちは馬具を外され、濡れた身体は丁寧に拭かれている。


「お疲れ様。食事に行こう」


 刑吏の一人が黒曜馬たちに声をかけた。


「着替えは一枚も濡らしてないぜ」


「ありがとう」

「食事もいいけど喉渇いたよ」


 黒髪の青年たちが厩舎の奥から、次々現れる。刑吏たちは着替えの黒衣をそれぞれ手渡す。





 夜半。


 留守居は、食堂の長テーブルに着く刑吏たちが、倍の人数居ることに目を見張る。


 凄い……サンドブレストの言っていた通りだわ! きっと今厩舎は空っぽなのね……


 黒衣の刑吏たちは、一様に二十代前半の青年ばかりである。実際の年齢にはバラつきがあるが、彼らは寿命が尽きる時までこの容姿のままなのだ。……そう、刑吏に就いているもの全て、人ではない。


 インテグレイティアは、望んで来たものに義務と権利を与えていた。





 三日後。


 オニキスは、名簿を見ながら溜息をついた。何度インテグレイティアへ来ても、連行するものがゼロの時はない。

 

 刑吏たちが、インテグレイティアからヒプノス島へ連れて戻るのは、死刑囚だけである。


 ヒプノス島へ行って、戻った罪人はいない。





「オニキスは、何をしている人なの?」

 レインが、私に興味を持ったようだ。


「一応、公務員」

「学校の先生とか、警察官とか……どういうの?」

「悪いことをした人を罰する人」


「へぇ〜〜」

 あ、ちょっと離れた。


「アーバンに刑務所があって……刑務所って、わかる?」

「うん」

「刑務所で働いてる人を、刑務官と言う。私はヒプノス島にある刑務所の刑務官」

「うん」

「死刑囚って、わかる?」

「うん」

「アーバンの刑務所に入っている死刑囚を、ヒプノス島へ連れて行って、死刑を執行する。これが私の仕事」

「ふ、ふぅ〜〜ん」

 露骨に距離を取られる。


「でも……たまにはね、手ぶらで帰ってみたいなって」

「それでオニキス、溜息ついてたの」

「まぁね」

 ソファの隣に居たレインが、ベッドの向こう側に居る。会話は途切れた。


 誰かに仕事について訊かれることがあっても、濁して答えるようにしていた。レインの反応は多分普通。別に悪いことをしていなくても、普通は、死刑執行人とお近付きになりたい人なんて、いない。


 絶対に言ったらいけないってわかるけど、わかるけど! …………死刑執行人。オニキスは死刑執行人。オニキスは……………………。めちゃくちゃ怖いけど…………かっこいい……。


 なんか……レインが、ベッド越しにこちらを、見ては隠れて、見ては隠れて……様子を伺っている。なにあれ。

 レインに隠し立てするのは良くないと思って言ったけど……


「……レイン」

「なぁに?」

「あのね、嫌だって言うなら、今のうちだから」

「何が?」


「私はレインが望むようにしたいんだ」


「ヒプノス島へ連れて行ってよ」


「本当に?」

「オニキスは仕事でアーバンに来ているだけなんでしょ? 僕は、オニキスが居るところへ行きたい」


「……うん。……わかった」

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