第6話 自称一般人とエピローグ

 窓から差し込む暖かな日差しを受け、彼––––霊白流月は体を起こす。

 今までの出来事は全て夢だった。

 そう思いたくても、自分が寝ていたこの部屋は見慣れた自室からかけ離れている。

 記憶が正しければ家の自室にあったのはベッドではなく布団で、しかも大小様々な必要のない土産物で散らかっていた筈だ。


 そして、何より。

 懐に忍ばせていた藁人形お守りは、上半身が何かにかの様な無惨な姿へと変えられていたのだ。


「……また、役に立ったな」


 藁人形を部屋の隅に置いてあった空のごみ箱に投げ捨て、床に寝ていたせいか少し痛む背中をさすりながら、靴を履いて部屋の外に出る。


 板張りの床を歩き、階段を降りる。

 降りた先は一階。恐らくは、この寮における共同スペースなのだろう。

 流月は寮の考察をしながら、階段に近い場所に置かれた紺色のソファーに座ってこちらに手を振っている赤い髪の少年に近付く。


「よお、やっと起きたか。一応、お前さんには色々と説明しないといけないだろうからな、待ってたぜ」

「……誰?」

「その手の反応には慣れてるけどさ……部屋に案内したり、気絶したお前を部屋に運んだりしてやっただろ?」

「……あ、あのリーゼントの人か。髪型も服装も違ったせいで気付かなかった、申し訳ない」


 赤髪の少年から手渡されたぬるい缶コーヒーを持ち、ソファーの隣に座る。

 ふと視線を玄関の扉があった場所に移すとそこに扉はなく、居酒屋にかかっている様なのれんだけが掛けられていた。

 あの無駄に美しい白い扉よりは馴染んでいる––––気がする。

 流月が五十歩百歩な寮の扉事情に気を取られていると、話が始まる。


「……お前さん側の事情は大体聞いたよ。連れて来られてすぐこんな事件に巻き込まれるなんて、災難だったな。聞きたいことは山ほどあるだろ、何でも聞いてくれ」

「それは助かる。なら……彼女はどうなった?……正直、助かったとも思えないが……」

「いや、それなら安心してくれ。相当危険な状態だったが、たまたま治療が出来る奴がいてな。取り敢えず、命に別状はなかったさ。……自分が犯人だったてのも話してくれたが……それ以上の事はだんまりだった。お前さんになら話してもいいつってたから、後で病院の方に行ってみてくれ」

「そうか……良かった、俺が死にかけたのも無駄じゃなかったのか」


 起きてからずっと心配だった事が解決し、胸を撫で下ろす。

 貰った缶コーヒーを一気に流し込んで、流月は質問を続ける。


「他に聞きたい事は–––いや、あるな。本っ当に、何なんだ、あのサメは!」


 正直、聞きたくなければ知りたくもない。何なら後一ヶ月は考えたくなかったについて、断腸の思いで叫ぶように問う。

 どんな答えが返ってきても混乱するだけだと、流月も心のどこかでは分かっているのだろう。

 それでも。ちゃんと知らなければ、落ち落ち夜も眠れない。


「……まず、うちの寮長に代わって謝罪させてくれ。あれはあの人––––この寮の寮長もやってる、小舟戸こふなと和丹わにの魔術なんだ。俺も詳しくは知らないが、映画に出て来るサメを現実にする魔術……だと、俺は聞いた」

「……いや、何だそれ、魔術ってそんなのもありなのか?……面白いな!」

「そうか?お前が良いならいいが……今度はこっちから質問させてくれ。何で生きてるんだ?聞いた限りじゃ、お前は魔術を使えないんだろ?」

「……まあ、お守りのおかげだろうな。運が良ければ発動して俺の代わりに、それだけの物だ」


 少し困り顔で、少年の横顔をちらちらと見ながら話す。

 流月にとっては触れられても話せる事がない話題なので、興味を持たれても困るのだが、流石に見過ごされる訳はない。

 赤髪の少年は、さっきまでと比べ食い気味に質問する。


「それだけ、じゃないんだよ。いいからそのお守りとやらの実物を見せろ」

「さっきごみ箱に捨てたばかりなんだが……あ、それで思い出した。あの部屋、俺がそのまま使ってもいいのか?」

「使っていいから、早くその捨てたお守りを取って来い。それか、お守りの詳細な情報を言え。多分な、お前は魔術を使えてるんだよ。魔術にはたまにあるんだ。本人が意識せずとも勝手に発動する事がな」

「……そういう物なのか?……ぶっちゃけ、何であれで出来てるのか分からないからあまり話したくないんだけどな……」


 * * *


 藁人形。

 藁を束ねたり、編んだりする事で作られた人形の総称。

 大きさや形、あるいはモチーフも様々だが、流月が扱うのは人をかたどった掌大の、一般的に藁人形と言った際に想像されるであろう物だ。


 これは、藁人形に限らないが。

 人を象った人形は、度々呪術の道具として扱われる。

 その最たるものが、丑の刻参りの様なであり、”似ているもの同士は影響し合う”という、原始的な呪術の基礎を利用したものだ。


 呪いたい対象の体の一部を人形に入れる、などの細工をして人形を似た存在にする。そして、その人形に釘を刺すなどをして危害を加えれば、その人形と呪いたい対象も、人形の受けた苦しみと同じものを受ける。

 これこそが、丑の刻参りなどの基盤となっている理論である。


 しかし、こういった人形にはもう一つ、主要な使い方がある。

 それが

 ”似ている事で影響し合うのなら、人間の受ける苦しみは人形に押し付ければ良いのでは”––––最初に思い付いた魔術師が何を考えていたのかを知る由はないが、これこそが流月のの真実だ。


 当然、この様な呪術は実現し得ない。

 それらしく思える理論が存在しても、妄言の域を出る事はないと。

 だから、もし。

 こんな出鱈目を通したいのなら。

 世界に賄賂魔力を払う以外の道は無い。その事を、魔術師達は知っている。


 * * * 


「流月、お前の言い分は言い分は理解した。……その上で言わせてもらう」

「……どうぞ」

「魔術が使えないとか、詐欺レベルだぞ、これ」


 つい先程自己紹介を済ませた赤髪の少年つづき尚楼しょうろうは、流月の部屋で椅子に座りながら上半身の無い藁人形をまじまじと眺めた後、流月に向かって言い放つ。


「そこまで言うか?ちょっと便利なお守りだと思ってたが、違うのか」

「……ああ、物理的な傷を人形に肩代わりさせるのは結構大変––––な、筈だ。少なくとも、一朝一夕で出来る代物じゃない」

「……なるほど。話は変わるが、俺はこの先何をすれば良いんだ?本当なら普通に高校に通って、普通に生活するつもりだったのに……今、何故かこんな所にいる」

「ひとまず、入学式までの一週間で、最低限身を守れる様になるまで魔術の修行だな。お前なら何とかなるだろうし、あまり不安になるなよ!」


 ”いや不安ですよ!?”と言い掛けたのを飲み込み、流月は尚楼からの純粋な善意に満面の作り笑いで返す。

 まだ始まってすらいない学園生活に不安で胸をざわつかせながらも、あの悪夢の様なゾンビパニックは終わったのだと、窓から差し込む暖かな光を受けて流月はようやく実感した。


   

 

 

 


  


 

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