第4話 一般人は山を降りたい

 魔術とは。魔力という未知の概念を扱い、奇跡を起こすである。

 魔力自体は誰もが保有しているが、それを捉え、使える人間は稀であり、それが出来る人間のみが魔術師となれる。

 

 流月は、祖母に言われていたのに忘れていたが。

 魔力の捉え方が一般的な魔術師とは異なる人間が、ごく稀にだが存在する。

 ”何故か理解出来る”以上の、実際の感覚として分かる人間が。

 

 霊白流月もその一人。魔力をとして感じる、共感覚の持ち主だ。


 * * *


 爆発、爆発、少し間を置いてまた爆発。

 

 外の状況も、下の階がどうなっているかすら分からない。

 それでも、連続して鳴り響く爆発音は、微睡んでいた流月に危機を悟らせるには充分すぎる出来事だった。

 ”大丈夫だから部屋で寝てろ”と言われたので、取り敢えずマットレスの無いベットの上に座っていたのだが、尻が悲鳴を上げているのもあり、作戦の実行を決意する。


「よし、


 ベランダに出て、外の様子を確認する。

 

 爆発音と唸り声は未だ絶えず響いており、寮に留まっても自分が死ぬのは時間の問題だろう。だったら二階のベランダから飛び降り、霧の晴れてきた山道を駆け降りた方が、幾分か生存確率は上がりそうだ。

 ––––味方の物である爆発を、ゾンビと敵の魔術師による攻撃だと勘違いした流月は、そう判断してしまった。


「ただ……逃げるにしろ戦うにしろ、準備はいるな。この部屋に使えそうな道具は……無さそうだ。どうせ気休めだが、位は作ってから行くか」


 自分の頬を軽く両手で叩き、気合を入れてからベットの上に置いたリュックを取り、中からお守りのとハサミを出し、部屋に備え付けられた机の上に並べる。

 材料を見てから一度深く深呼吸し、流月は慣れた手つきで髪を抜いて、お守りを作り始めた。

 

 十分もかからず完成したお守りを懐にしまい、リュックを背負ってベランダに立つ。前と変わらず、ゾンビはまばらにいる程度。

 これなら行けると確信した流月は少し錆びた鉄柵をおそるおそる越え、慎重に下へと降りる。

 柵に掴まりながら三十秒ほど試行錯誤した末、下が土なら大丈夫だろうと踏んで手を離したのだが、その選択から一秒と経たない内に襲って来た足の痺れにより、早くも寮から逃げ出した事に対する後悔の念が湧いて来た。


 石畳で舗装されていた寮の前の広場と違い、寮の裏手にある森には一切人の手が入っていない。

 草木は伸びたまま放置され、道も整備されていない為、”霧の日には森に入らない”と言うのが生徒の間で一つの決まりになる程には迷いやすいのだ。

 霧が晴れた為幾分かましになった夜の森を、ゾンビに気を付けながら迷わない様慎重に進んで行く。


「……多分こっちで合ってる……よな?今の所ゾンビにも遭ってないし、最悪ずっと真っ直ぐに進んだらどこかの道路には出るだろ……出てくれよ?」


 独り言として不安を吐き、夜になって冷えた手を擦り合わせながら、小走りで山を下る。

 ゾンビの溢れ返った寮からの脱出は、思いの外順調だった。


 ––––そう、流月が考えていた時の事。

 ずらりと大量のゾンビが列を成して、進行方向への道を塞いでいたのだ。

 最初は、目を疑った。

 一日の疲れから見た幻覚ではないかと、必死に自分へ言い聞かせた。


 しかし、そんな安易な現実逃避はすぐに否定される。

 流月の脳内に響くノイズと、今まさに地面からゾンビによって。


「突破は現実的じゃないし、今更戻ってもどうにもならない……はは、あーあ、だろこれ。……でも、ただ死を待つ訳にもいかないな。とりあえず、ここから離れないと」


 ふらふらと、ゾンビと見分けが付かない様な歩き方で来た道を戻る。

 帰る場所も、行くあてもない。

 このまま木に寄りかかって目を瞑れば、夢から覚めて日常に戻れる。

 そう信じるには、流月は非日常に慣れすぎていた。

 

 今まで見てきたものが、ゾンビの大群ほど馬鹿馬鹿しくないだけ。

 これ以上の危機から逃げおおせた事も、これ以上の神秘に祖母のせいで遭遇した事もある。

 特別意味もなく地獄の様な祖母との旅行を思い出していた所、たまたま、祖母に教えられた事が一言一句違わず脳裏に浮かんだ。

 

 ”覚えときな。何かを作るタイプの魔術には、大きく分けて二種類があるのさ。要するに……作った奴が死んじまった後、作った物が残るかどうかだよ!”


「いや、本当に賭けだな。分は悪いし、行くあてがない事にも変わりないが……」

 

 その案に辿り着いたのは、一つの思いつきから。

 単純に、”このゾンビ達は死体から蘇った訳ではないのでは”と言うものだ。

 流月に、精密な魔術理論は分からない。それでも、あれだけの数の死体を用意するのが不可能な事くらいは、当然ながら理解出来る。

 そこから導き出した仮説は単純。

 ”あれはゾンビという形式を取っただけの別の何かで、作った魔術師を殺せばゾンビ達も消える”

 たったそれだけのものだった。


「よし。。……そっちの方が、ただ死ぬのを待つより面白そうだ。それに、もしかしたら助かるかもしれないからな」


 道端に落ちていた丁度良い大きさの石を持ち、気持ち背筋を正して歩き始める。


 * * *

 

 ––––実に残念ながら。流月の推理は、一から十まで外れていた。

 一つ目の間違いは、ゾンビの正体について。

 現れたゾンビは正真正銘の死体から蘇った自我のない化け物で、ゾンビと呼称してなんら問題のない存在だ。

 

 二つ目の間違いは、もっと単純。

 流月はこの土地を甘く見ていた、その一言に尽きる。

 そもそも。魔術師を育てる為の学校や魔術の研究機関なんてものが、何故この山に建てられ、現在も使われているのか。

 それは、この山が事に向いているからだ。


 例えば、何処かの魔術師が生み出してしまった最悪の置き土産。

 例えば、世に出せば世界に混乱を招きかねない魔術関連の研究レポート。

 或いは、実験の過程で生み出されてしまった不都合なモノ。

 

 今の施設が作られるよりもずっと昔から今に至るまで積み上げられ、そして現在進行形で増え続ける世界有数の

 魔術に使う為の死体なんてモノは、文字通り腐る程埋まっている。


 そんな二つの間違いに全く気付かないまま、流月は森を散策する。

 そして、何の手がかりも掴めないまま一時間が経った頃。

 途方に暮れて、自暴自棄になりながらも一人夜の森を彷徨っていると、木の根元に座って休んでいる、黒いパーカーを着た少女を見つけた。

 

 ゾンビでも、学校の生徒でもなさそうだ。こんな所で休んでいる人間が犯人な訳もないだろう。そう判断した流月は少女に近づき、あわよくば犯人探しを協力して貰おうと画策しながら話しかける。


「こんな所に座り込んで、何かあったのか?俺は霊白流月。単刀直入に––––っ!?待て、俺はゾンビじゃない、普通の人間だ!」

 

 流月が口を開けた次の瞬間、何の飾りもない折り畳み式のナイフが頬を掠める。

 ゾンビだと勘違いされたのか、それともこの非常事態に気が動転しているのか。

 少女の真意が分からないまま、ひとまず距離を取って話を続ける。


「……頼む、まずはその短剣をしまってくれないか?俺に敵意はない……というか、そもそも武器も持ってないんだ。君に危害は加えられん」


 流月は両手を上げて降伏の意を示しながら、背後に下がる。

 一方の黒い短髪を風になびかせた少女の行動は、攻撃でも対話でもなかった。

 いや、もしかしたら何か言葉を発そうとしたのかも知れない。

 ともあれ、それが音として誰かに聞こえる事はなく。

 辺りに響いたのは、咳き込む音だけ。

 

「––––おい、大丈夫か!?」

「別に。それより、早く私の視界から消えてくれ。死ぬ時くらい、静かな方がいい」

「……そうか。……だったら、そのナイフをくれないか?俺は死にたくないんだ。その辺に落ちていた石だけだと、犯人を殺すには心許ないからな」

「お前……普通、この状況で物をせびるか?……欲しいなら私を殺す事だな。そうすれば、お前の目標は達成される。ああでも、しっかり一撃で殺してくれよ?」

「……ん?待て、両方ともってどういう事だ」

「勘が悪いな、お前。それとも、わざわざ言って欲しいのか?ー、ってな。そうさ、こんなゾンビだらけの愉快な状況を作ったのは私だよ!」


 黒いパーカーと地面を自らがで赤く染め上げた少女は、木に寄りかかったまま、不敵な笑みを浮かべて話す。

 しかし、その声は弱々しく枯れており、余裕も生気も感じられない。


 困惑する流月を一人置いて、ゾンビの唸り声と共に夜は深まっていく。

 

 

 

 


 

 

 

 

 


 









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