第3話 一般人は寮に入る

 太陽は沈み、霧の出て来た数歩先も見えない山道。

 寮へと向かう流月と久徳の前に、複数の人影が立ち塞がる。


「人……?いや、何だこれ。こんなデタラメ、だけにしてくれ!」

「……予想は付いてたけど、馬鹿げた魔術。この量なら一体一体は弱いでしょうし、突破しますよ。貴方は私から離れない様に」

「は?突っ込むつもりか?あの群れに!?」

「ええ。攻撃を喰らいそうになったら、私を盾にして下さい。詳細は省きますが、私に攻撃は効かないので。では……行きましょう!」


 顔の所々が崩れ落ち、体から異臭を放つ生きた屍リビングデッド

 現代日本においてはの名で呼ばれる怪物の群れに、今二つの人影が飛び込んだ。

 たった二人で集団を相手取ろうとする、その蛮行を見たゾンビ達の、爪による実に原始的な攻撃が襲いかかる。

 攻撃を仕掛けたゾンビの腕が久徳の頭を砕こうとしたその瞬間––––


 腰に下げた砂時計を、久徳はひっくり返す。

 そして。

 ゾンビは、、死亡した。


「っ––––!」

「何止まってるの、走って!」

「––––あ、ああ!」


 流月の脳内に再度響く、爆音のノイズ。

 気の狂う様な音に耐えながら何とか足を動かし、ゾンビの群れを掻き分けて進む。

 

 その後、久徳くのり砂依さいに傷が付く事は無かった。

 腕に噛み付いたゾンビは逆に自らの腕を失い、目を狙ったゾンビは自らの目を失う。

 ––––久徳が大立ち回りを繰り広げている後ろで、何の反撃手段も持たない流月は何度か攻撃を喰らいかけていたのだが、それを彼女が知る事はない。


 幸いな事に、一度包囲を抜けた後はあまりゾンビとも会う事がなく、流月と久徳は寮の近くまでたどり着いた。

 整備された石畳の床に、コンクリートで建てられた飾り気のない無骨な寮。

 暖かな街灯の光に流月がそっと胸を撫で下ろしていると、何か、異物が飛来してくる。


「––––夢、か?」

「……現実ですね。ここの寮長が使う魔術ですよ、これ。……信じられないでしょうけど」

「いや、だってこれ、だろ?どう考えても正気じゃない!どこの世界にサメを飛ばす魔術があるってんだよ!?」

「残念ながらここの世界です。後ろからまた呻き声がしますし、行きますよ。……サメには触れない様気を付けて」

「言われなくても触らないからな!?」

 

 石畳の上に打ち上げられぐったりとしたサメを迂回し、寮の扉へと向かう。

 

 何度か死にそうな目に遭いながらもたどり着いた寮を見て、流月は絶句した。

 建物に対して、あまりにも扉が不釣り合いなのだ。

 ––––通常、不釣り合いと言っても限度はある。しかし、この寮においてはその限りでもないらしい。

 

 寮自体はどこにでもある、少し古くて小汚いアパートそのものだった。

 所々剥がれた壁の塗装に、錆びたベランダの鉄柵。謎に多いダクトには、むしろ芸術性すら感じる。

 それに対して中に入る為の扉は、荘厳で宮殿にあっても見劣りしない様な、白く綺麗に塗られた木材に、細かい金の装飾が施された物だ。


「凄いな、なんでこの扉だけこんな事に?」

「昔いた生徒の悪ふざけって聞きましたよ?異端なのは扉だけなので、内装は良くも悪くも––––あれ、開かない」


 久徳は両開きの豪華な扉に両手をつき押してみるが、内側から施錠されているのか扉はびくともしない。

 それを見た流月も押すのに加わるが、やはり扉が開く気配はない。

 扉を引いてみても、果ては二人で体当たりをかましても意味はなかった。


「……閉まってる扉がしたら、開きますよね?」

「急にどうしたんだ?それよりほら、中に入るなら向こうの窓でも破った方が早くないか?この際ちょっとの器物損壊は許されるだろ」

「いえ、私の魔術で開けられるか気になっただけです。少し特殊な魔術なので、変な使い方をすると大事故が起こるんですが……扉を開けるだけなら大丈夫ですよね」

「なるほど?その辺は詳しくないが、魔術を使う際の……ノイズ?は抑えて貰えると助かる。それとも、強い魔術ってのは大体ああなのか?」

「……?ノイズなんてないですよ?」


 久徳は一度深呼吸をし、砂時計を回転させる。

 次の瞬間。

 それ単体で見れば美しかった白い扉は、無残にも吹き飛んだ。


「……あ。こうなるんだ」

「––––何が、ノイズなんてないだよ。あの音量でも聞こえてないのか!?」

「……確証はないですが、その音とやらは貴方にしか聞こえてないと思いますよ。それ以上の詳しい説明はあの駄目教師にでも訊いて下さい。……ほら、そこのリーゼントの人。突っ立ってないで彼を適当な部屋に通しておいて」

「俺っすか!?バリケードブチ破っといて何急に説明もなく……いや、わかった。……お前も、そこから見てないでさっさとこっち来い」


 破られたドアの先、寮の共用スペースにあたる場所にはそこそこの数の男子生徒が集っており、皆それぞれ違う表情でドアだった物を見つめていた。

 久徳に声を掛けられてしまったのは、赤いリーゼントが良く目立つ、もはや現実で見る事のない昭和のヤンキーそのものの格好をした男。

 人によって様々な感想を抱くであろうその姿を見て流月が最初に思ったのは、”この学校の制服、学ランもあるのか”という、純粋な興味だけだった。

  

 扉が破られた建物の中は、果たして安全なのか。

 一抹の不安を覚えながらも久徳を見送った流月は、言われた通りについて行く。

 

「とりあえず、何でこんな状況になってるのか、分かります?いくらゾンビと言えども、勝手には生えて来ないだろうし」

「生えるって、お前……原因までは分からんが、多分ウチの生徒の仕業だよ。てか、お前は何でここに来たんだ?入居しに来たら、たまたま巻き込まれたって辺りか?」

「凄い、当たってる。……正確には、拉致られてきたんだけどな」 

「拉致?……まあいい、同じ寮ならまた会う事もあるだろ。後は俺らが何とかするから、今日はこの部屋で鍵掛けて寝ちまいな」

 

 通された部屋は二階の、階段から最も近い部屋だ。

 話と案内が終わってすぐ、階段へ戻ろうとするリーゼントの男に一言礼を言って部屋に入り、靴を脱いで電気を点ける。

 中はワンルームで、奥にはベランダへと続く大きな窓がある。

 ただ、マットレスは無いもののベットが置いてあり、机と椅子も備え付けられている。最低限の着替えと、文房具一式しか持っていない流月にとっては、実にありがたかった。


「……見た目に反して、今日会った人の中では一番まともだったな……そういえば、あの教師の……欧一とかいう人、思いっきり放置して来てたし……今頃死んでたり……何て、あの人も魔術師だろうし流石にないか」


 ベットの上にリュックを置き、流月自身は椅子に座る。

 一日を振り返り、いつの間にか消えていた教師に思いを馳せたりしながら、椅子の上でゆったりと微睡む。

 

 しかし。そんな平和な状態は、五分も立たずに終わりを告げた。

 


 

 

 


 

 

  

  

 

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