第2話 一般人は拉致られた
彼––––霊白流月が目を覚ましたのは、気絶してからきっかり三分。
車の後部座席にシートベルトで縛り付けられ、何故かブリキバケツを被せられかけている所で目が覚めた。
混乱、焦り、恐怖。
様々な感情が渦巻く中で、取り敢えずバケツを被せようとしてくる犯人の手を振り払う。
「……残念」
「何が!?……てか、俺はあれか?誘拐されたって認識でいいのか?」
「そうですね、その認識で良いかと」
「良くないよ!?気絶させた時点であれなのに、これ以上彼の誤解を深めるのはやめてくれないかなあ!」
バケツを被せられず残念がる
体調を気遣う三門に対し、二つ返事で流月が答えたのを最後に、車内は重い沈黙に包まれた。
五分、十分と時が過ぎていく中、最初に話を切り出したのは久徳だった。
「……貴方の名前、聞いていませんでしたね。自己紹介と、ついでに何か面白い事でもして下さい」
バケツを大事そうに抱えながら、真っ当な話と無茶振りを同時に投げかける。
「––––霊白流月、年齢は十五。趣味は特になし、特技は……一応料理?後そっちの人には説明したけど、魔術は知ってるだけで使えないからな。作れんのも自己流のお守りだけだ」
「お守り、ですか」
「あれ?その話は僕も聞いていないんだけど。どんな物なんだい?」
「いや、そんなに食い付かれても困るんだが……今は実物もないし、そもそも効果も確かじゃないからな……それよりほら、別の話しようぜ。そうだ、そのバケツの話とかはどうだ?」
話題を逸らそうとするあまり、頓珍漢な方向に舵を切る流月。
当然、そんな強引な話題の切り替えは許されない––––様に思われたが、約一名がその話題に乗り気だった為、お守りの話から話題は急遽変更に。
また、”何か面白い事を”という無茶振りも無しとなった。
そして始まった三十分もの長きに渡るバケツトーク。
今のバケツとの出会いから、好きなバケツ、嫌いなバケツの大激論。
しかし、そんな楽しい時間は。
「……まあ別に、バケツへの思い入れはないんだけど」
という、一番乗り気だと思われた久徳の一声により終わりを告げた。
* * *
誰かが話題を出し、十分程話が続き、そして徐々に皆の口数が減っていき、やがて車内は沈黙に包まれる。
人によってはそれなりに苦痛が伴いそうな流れをかれこれ二時間は続けていた所で、運転席にいる三門が至極当然の、むしろ一番それを気にするべき人物から話が出ていないのが不思議だった話題を切り出す。
「……あ。そう言えば学校の詳しい説明、してなかった。いやあ、ごめんごめん!」
「確かに、聞いてなかったな。じゃ、頼めるか?」
「もちろん!とは言っても何から話すべきか。どう思う、久徳?」
「何で私に……知りませんよ、普通に場所とかからで良いですよね。行き先は伝えておかないと、誘拐と変わりませんし」
文句の一つや二つも言いたさそうな流月の視線を無視し、外の景色を眺める久徳。
外の景色は街から森へ。時間帯も昼から夕方へ。
少しずつ人気が減っていく中、三門は学校について悠長に語り始めた。
国際
東北地方の山間部に創られた、最近まで国内唯一だった魔術を学べる私立大学。 戦後、世界中の魔術師達が共に学び、強くなる為にと創られた、まだ歴史の浅い大学。結果、国際は名ばかりとなってしまったが。
付属高校においてもそれは例外ではなく、生徒の九割は日本人で、設立時の思想的には失敗だったのかも知れない。
それでも、魔術師の基礎レベルを引き上げるのには貢献している。
––––それが例え、”強くならないと生き残れない”という方向のものでもだ。
幸か不幸か、三門は話さず久徳も触れなかった為、学園の内情を流月が知る事は無かった。
脱線に脱線を重ねた学校の説明が終わり、時刻は五時。
本格的な山道に入り、日も沈んできた所で、事件は起きた。
「そうそう。三つある寮の内、今向かってるのは第一学生寮––––何故かソルト寮と呼ばれてるとこだね。どこの寮も設備には差がないから、一番空きのあったとこにしといたけど、それで大丈夫だった?」
「気遣いが今更すぎる。強引に連れて来られてるんだし、寮くらい大差ないだ
ろ?」
「……あそこは他と比べて割と雑ですし、合わないと辛いですよ?……私は大丈夫でしたが」
「今までの会話的にも流月は大丈夫じゃないかな?いやあ、実はちょっとだけ不安なとこもあったんだけど、良かっ––––!」
急ブレーキ。
その後、すぐに三門は外へと飛び出す。
シートベルトをしていなかった久徳はぶつけた頭をさすっていたが、何かを察したのかすぐ車の外へ出て、臨戦態勢へと移行した。
この中で唯一、何も知らなければ戦闘経験も少ない流月は初めこそ戸惑って車内にいたが、久徳の後を追い車から出る。
薄暗い山道。
車のライトと沈みかけの太陽が照らしていたのは、昔は人だったモノ。そして、それを彩る様に広がった、赤色の液体。
辺りには、腐臭が漂っていた。
「……事故、か?」
「っ––––これは……いや、あれ?」
「魔術師の仕業、かな。僕が今轢き殺したのなら、こうはならない」
「……魔術師?どういう事だ?久徳、分かるか?」
「素直に先生に訊けば良いじゃないですか……この死体、腐敗してるんですよ」
鼻を軽くつまみながら、久徳は流月の前に立つ。
「……貴方はまだ、魔術師ではないのでしょう?死体なんてそう見ない方がいいですし、車で休んでて良いですよ」
「いや、面食らったが大丈夫だ。死体くらい見た事はある。それより、腐敗って?」
「––––そうですか。で、腐敗の話ですね?死んですぐなら当然腐ってないですし、腐臭もしないんですよ。でも今回は––––この通り。辺り一面腐臭に包まれてます。しかもこれ……囲まれてますね。ここから寮までは一キロ程度ですが、走れますか?」
「囲まれてるって、何にだよ!?それにここ山の中だぞ、走るって––––」
問い掛けられた疑問と文句を聞き届ける前に、久徳は走り出す。
それに少し不服ながらも、置いて行かれまいと流月も走る。
数多の呻き声が響く山道。
太陽の沈んだ暗闇の中、複数の人影が立ち塞がる。
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