魔術が使えない筈の俺、何故か魔術学園に拉致られました
不明夜
第1話 一般人は気絶する
時は現代、日本のとある地方都市の外れにて。
今にも崩れそうな状態でかれこれ十年ほど耐えている廃ビルの前で、リュックサックを背負い空を見上げる少年が一人。
彼の名前は
両親が突如として行方不明になった後、唯一の肉親である祖母からメッセージアプリを通じて魔術を習っている事を除けば、至って普通の少年だ。
そんな彼は今、待ち合わせの為だけに街から少し離れた廃ビルの前に立っている。
祖母から唐突にこの廃ビルを指した地図の画像と”待ち合わせ”の一言だけが伝えられ、今までの経験に従い全ての貴重品を鞄に詰め家を飛びだしてからはや数時間。
そんな彼を待っていたのは、四月にしては高い気温と一向に来ない待ち合わせ相手。そして、待ち合わせの理由と相手を幾ら訊いても既読スルーを続ける祖母という理不尽の三連撃だった。
もう何も考えず雲を見つめる機械と化した彼だったが、車道の方から掛けられた声で正気に戻る。
空から車道に視線を戻すと、そこにあったのはライムグリーンの丸っこい車。
運転席から出て来た、眼鏡を掛け人当たりの良い笑顔を浮かべたスーツ姿の男性が、きっと待ち合わせの相手なのだろう。
どう話を切り出すか悩んでいると、表情を変えずに眼鏡の男性が話し始める。
「やあ。君が、えーと……流月君……君?で大丈夫かな。僕の名前は
「全然大丈夫ですよ、はい。この炎天下の中待たされたのも、うちの祖母が半分は悪いんだろうし、全然怒ってないんで」
良く言えば親しみやすい、悪く言えば軽薄そうな声色で、少し大袈裟な動きを付けながら三門と名乗った男は話す。
それに対する流月は、一瞬少女と見間違うほどの美しく整った外見とは裏腹に、明確な怒気を含んだ低い声で答える。
相手が口を開く直前まで、流月は笑顔を保って話そうと考えていた。
しかし、相手の話し方が自分を小馬鹿にしている様に感じてしまい、その結果待っている間に感じていた行き場のない怒りが見事にぶり返してしまったのだ。
流月の
「うん、本当に遅れてごめんね?車内はエアコンも効いて涼しいし、取り敢えず中に入ろう。ちょっと外に出ただけなのに、もう汗ばんできたからね」
「あ––––待って。実は俺、祖母から何も知らされてないんです。貴方は誰で、俺はこれからどこに行くのか、簡潔に説明して貰えます?」
もう少し何か言いたい気持ちを抑え、車の運転席へ向かう三門を呼び止める。
何も知らされてない、という衝撃の言葉を聞いた彼は衝撃からか数秒その場で固まったが、その後すぐ振り返り流月の方を見て、努めて冷静に、そして笑顔を崩さぬ様気を付けながら説明する。
「流月君のこれから通う学校だよ。僕が教師もしてる、国際
「は」
「……もしかして、学校そのものについても聞いてなかった?」
「––––いや、待ってくれよ、そもそも俺が行く高校はもう決まってるんだが!?」
驚きと怒りの混じった叫び声が、辺りに響く。
互いに予想外の状況に戸惑いながらも、今度は流月の方から疑問を問いかける。
「……一応、どんな学校か、それにどんな経緯で俺が入学する事になったのか教えてくれ。流石に真っ当な学校だよな?」
”祖母が”よりにもよって”勝手に”何かをしたという事は、どう足掻いても拒否権が無い事を意味する。
数年間祖母に振り回されてきた流月には、それが嫌という程見に染みていた。
せめて、これから寮生活になる程度の変化で済む事を祈りながら言葉を待つが––––
「そこは安心していいよ。至って普通の、魔術を習える学校だから!ほら、流月君も魔術師なんだよね?教師である僕が言ってどの位の保証になるのかはわからないけど、良いとこだから。良くも悪くも自由なとこだしね!」
何となく予想していた、そして真っ先に頭の中から退けていた答えが返ってくる。
「……俺は、魔術師じゃないんだが」
「ええ?君のおばあさんからは魔術師だって聞いたんだけど!?」
「あー……やっぱ誤解されてたか……」
目の前にいる自称教師の驚きも理解は出来るが、どこから説明するべきか分からなくなり、もはや面倒くさくなる流月。
視線を泳がせていた所、車の後部座席に制服姿の少女が座っている事に気付く。
この辺りで見た事のないあの制服は、恐らく教師の言っていた高校のものなのだろう。誠に残念ながら、学校の話が祖母の企画した盛大なドッキリであるという最後の希望も打ち砕かれた。
仕方なく、自身のこれまでをざっくりと話し始める。
中学に入ってすぐ、両親が突如行方不明になった事。その後、色んな親戚の家をたらい回しにされた事。最終的に変わり者である祖母の元で暮らす様になった事。
その後は旅行の多い祖母から、メッセージアプリで魔術を習っている事も。
魔術は知っているだけで使える訳ではない、という事を途中挟まれる質問に答えながら話していた所、突如として車のドアが開く。
「あれ?
「何かも何も、一向に話が終わらないから出て来たんですよ。積もる話は車内でやって下さい。暇人教師の付き添いなんかさっさと終えて、私は早く帰りたいんです」
久徳と呼ばれた少女は、後部座席から出て来るなり三門へと悪態をつき、気だるげに流月へと歩み寄る。––––正確には、詰め寄ったと言った方が良いだろう。
赤がかった茶髪のポニーテールに、ブレザータイプの制服。しっかりと締められたネクタイは格好良さと可愛さを両立しているが、何よりも目を引くのはスラックスのベルトから下げられた複数の砂時計だ。
霊白流月は、魔術師ではない。
今まで出会った魔術師も祖母とその知り合いだけなので、砂時計がただのファッションなのか、それとも魔術的に意味のある物なのかは判断出来ない。
だが、そんな小道具の有無がどうでも良くなる程の恐怖、そして生物としての格の違いを、なまじ魔術師としての素質があった為、感じ取ってしまったのだ。
「……貴方が新入生?さっきそこのが言ってたけど、私は
「うんうん、久徳も先輩風を吹かせられる相手が出来て良か––––あぶなっ!何で何も言わずに僕の顔目掛けて殴るのかな!?」
「どうせ避けれるんですし、良いですよね?早く車内に戻りましょう。……貴方も、聞いてます?……何故後退りするんですか」
恐怖と、小さいながら確かに聞こえるノイズが流月の頭を蝕む。
自身が何に恐怖しているのかも分からないまま、ゆっくりと後退する。
「……私、怖がらせる様な事でもしました?」
「さあ?でも多分これ、彼が優秀な魔術師である事の証明になるんじゃないかな?一部の魔術師にとっては、久徳の存在が毒みたいなものなんだし」
「それは……ああもう、貴方は無言で私から遠ざからないで下さい。……話は後、先生は彼を運ぶの、お願いします」
「––––あ、待て、何だ俺を––––」
前後の会話からは想像のつかない単語に驚き、流月の思考は恐怖から解放されたが、もう遅い。
当然の疑問を口にする前に、久徳の左手は首を掴む。
「……おやすみなさい」
彼女の静かな声は、音量を増したノイズにかき消される。
砂時計が逆さになると共に、反論の間も無く意識は眠りへと反転した。
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