心を抉る

──ふと、目が覚めてしまった。


 以前、この真夜中に起きて、師匠とあの川辺で修行していた。

 その癖が未だに抜けていない。せっかく起きてしまったので、父さんと母さんを起こさないようにしながら、家の外に出る。


 何の目的もなかったが、またここに来てしまった。

 月明かりが、眩く夜空に輝き、水面にその夜空が写し出され、水面がゆらゆらと漂いながら、穏やかな時が美しく目の前を流れる。

 以前ならここに、僕の前に師匠が立っていて、静かに川の流れを見ながら、僕のことを待ってくれていた。 


 我ながらよくあの修行に耐えたと思う。胃痛と身体的な痛みに耐えながら、約一年間頑張った。

 師匠に教えられて初めてわかったけど、この世界は魔法もありありの異世界ファンタジーの世界だった。

 師匠いわく、僕の魔法のセンスはそこそこいいらしい。体術が得意じゃない分、魔法がそこそこよかったのは素直に嬉しい。


 でも、気になることがある。

 何で帝国は下級教育の時点で魔法を教えないのか? 

 魔法を扱うのが難しいからか? 

 うーん、小さい頃から教えておいた方がいい気がするんだけどなぁ。どの教育の段階で教えるつもりなのだろう。

 他にも謎が残った。師匠は何で突然いなくなっちゃったんだろう。僕が弟子として物足らなかったのかな……。

 もしくは、この川を越えた先の国に亡命したのか。

 何も知らない。知らせてくれなかった。


 魔法以外のことは結局のところ何も教わらなかった。

 色々と聞きたい情報があったのだが、華麗にスルーをされて教えて貰えなかった。


 …だけど、師匠は突然いなくなった前日の最後の修行の時に、たたずまいが普段と違う感じがした。 

 鈍感な僕でもわかるくらいに。これから重要なことを教えてくれることだけは、何も言わずとも理解出来た。




 最後の教えは…とても心に残った。

 いや、心に残ったとか刻まれたなんて言葉では済まない。

 心に傷が残るくらいのトラウマになるような、心をえぐられるような感覚に囚われる言葉。




「………一つ教えておこう。よいか、お前のその何でも知りたいと思う意欲は、お前の魅力であり美徳とも言える。だが、それは同時にお前にとって一生付き纏う、大きくて鋭い諸刃の剣だ。好奇心というのは己れの知らない内に己れを滅ぼす。自身が、その深みに囚われていることに気づかないまま、ゆっくり、ゆっくりと沈んでゆく。自身のみの力では、もう…戻れない程に。時に人とは未知なるもののために、自らの残虐性を正当化させる。残酷な行いに理由を添えて」




「…お前は自分自身の好奇心に問え。それは…本当に知らなければならないことか?」


「それは今…本当に知る必要のあることか?」


「それは…何かを失ってまで…知ることなのか……と」




 ──師匠の言葉を思い出して身震いしてしまう。


 あの言葉の意味はなんだ? 

 何故ここまで恐怖に囚われる? 


 前の世界で有名な"好奇心は猫を殺す"なんてことわざがあったけど、そんな生易しい言葉では無かった。

 ……あれは多分、心に闇のある人の言葉だ。じゃなきゃ言葉だけで、ここまで悩む事はない。

 生まれて初めての経験だ。前の世界を含めて。


 師匠は"知らないことを知ろうとするな"とは言っていない。

 "知ろうとする中でも、知ってはいけないこともある"と伝えたかったのだろう。


 ……もう、帰ろう。明日も早い、帰って寝なきゃな。ここにこの時間に来ると、知りたかったけど、知れなかったことを考えてしまう。

 でも…それは僕の疑問の数々の中で、一番知ってはいけないことなんだろう。




 "師匠、貴方は一体、?"



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