お肉! お肉だっ!

 ハイクと急いで帰った。…すっかり遅くなっちゃった。

 日が伸びているとはいえ、辺りも暗くなってきている。

 父さんと母さんに怒られなきゃいいけどなぁ。


「た、ただいま…、遅くなってごめんね」


「もう、カイったら遅いじゃない! 父さんから今日の料理について聞いてなかったのッ!?」


「ご…ごめんなさいッ! 聞いてたんだけど、ちょっと訓練頑張り過ぎちゃったんだ。……楽しみにしてたんだよ! ただ、楽しみにしてた分、張りきっちゃって…」


「まぁまぁ。いいじゃないか、母さん。カイだって反省してるようだし」


「もう! 父さんはカイに甘すぎるわよっ!」


「はっはっは! 確かにな。初めてのご馳走が目の前にあるからか、気分が良いせいもあるな」


「ご馳走?」


「あぁ、ほらカイも早く入って来い。今日は凄いぞ」


 僕は家の入り口から顔を覗かして、父さんと母さんの顔色を伺いながら家に入っていたので、食卓の上に、何が置かれていたのかわからなかった。

 父さんに言われるまま、僕は少し遠慮がちに家に入った。


「わぁっ! どうしたのこれッ!?」


 そこには、骨付きの肉料理が置かれていた。あり得ない。だって我が家で、こんなのを食べた事など一度もないのだ。

 肉料理が置かれているという、目の前の現実が嘘のように思える。夢でも見てるのか…?

 無意識にほっぺたをギューってつねってみる。


 ……い、痛いっ! あぁ、夢じゃないんだッ!


 目の前の光景はずっと夢見た光景だ! この世界で肉だよ、肉ッ! いやっほぉぉぉー!


「いきなり自分の頬っぺたをつねってどうしたの? カイはたまに不思議なことをするわね…ふふふっ。でも、それだけはしゃいでいるなら、これが何か分かっているようね」


「母さん母さんっ! 何でお肉があるの? 我が家の食卓に並んだことなんてないじゃないか。どうして食べれるの? 何で何で?」


「はっはっは! そんだけ饒舌なら、よっぽど嬉しいんだな。頑張ってバレずに仕留めたかいがあったよ」


「父さんが狩ったの?」


「あぁ、正確に言うと、ハイクとイレーネの親父達と一緒にな。今日、鳥害対策の網を三人で張ろうと、共同の物置小屋に行ったんだ。…そしたら、小屋の近くに鹿がいたんだ! 思わず目を見張ったよ。あそこは森がすぐに近いとはいえ、今まで現れたことなどなかったからな。それに、大抵は俺たちが見つける前に、森の中で木こりの奴らが狩って、それは街や都市へ、奴らの税として納められるからな。…こんな機会はまたとない。俺たち三人だけだったし、たまたま物置小屋の近くで見つけたから良かった。物置小屋にも、臨時用の弓を置いていたからな。急いで三人で弓を持って、気づかれないように背後から一斉に射ちこんで、ハイクの親父さんの矢が見事に命中したよ」


 そんなことがあったんだ。やっぱり、ハイクの父さんはハイクの父さんだね。

 ハイクが弓の上手い理由も納得できるよ。


「父さんもカイと同じで、饒舌になっているわよ。さぁ、まだ出来たばかりだから、冷めないうちに食べちゃいましょう」


「そ、そうだな。カイ、席に座って一緒に食べよう。……多分、この村にいるうちで、最高の食事がこれになるだろう。…まぁ、街でもこれだけのご馳走が食べられるか分からんがな」


 そう言って、父さんは笑いながら席に着くように促す。

 ……そっか。これは父さんと母さんからの、せめてものお祝いのつもりなのだろう。

 もう少しで街へと旅立つ僕への門出の祝い…そう考えたら少し目頭が熱くなってしまった。


 …いけない。感傷に浸っている場合じゃない。

 せっかく用意してくれたんだ。楽しいひと時を精一杯に楽しもう。

 顔に笑みを浮かべながら席に着き、父さんの合図で食事が始まる。

 

 


「よし、じゃあ食べよう! いただきますっ!」

「「いただきますっ!」」




 “いただきます”を言い終えると同時に、手を伸ばして肉を掴み、勢いよくかぶりついた。


 に、肉だっ! 肉だっー!! ずっとずっと食べたいと思っていたお肉……。

 前の世界で当たり前に食べれていたものが、こんなに美味しかったんだね…。

 ちょっと獣の匂いはするけど、間違いなくお肉! はぁぁぁっ! 幸せだなぁ…。


「こりゃ美味いなッ! どうだ、カイ美味しいだろう?」


「うんっ! とっても! お肉ってこんなに美味しいんだね。ねぇ、母さん?」


「そうね、こんなに美味しい物は食べたことがないわ! …ありがとうね、貴方」


「ありがとう。父さん!」


「喜んで貰えて何よりだ。俺もこの年になるまで食べた事がなかったが、本当に美味いな……。カイが街に行く前に、何かしてやりたいと思っていたから、父さんも嬉しいよ。こんなに美味しい物を家族で食べれたんだ。最高の気分だ……」


 父さんはそう言って、感慨深いように目を瞑った。本当に家族みんなのことを想って狩ってきてくれたんだ……。 

 ありがとう、父さん。


「うん、僕も最高の気分だよ。街に行っても王都に行っても、こんなに美味しい料理はきっと味わえないよ。もし僕が出世したら、父さんと母さんと一緒に、今日みたいな美味しい料理を皆んなで食べようねッ!」


「はっはっは! 嬉しいことを言ってくれるな、カイ。お前の成績ならきっと街で一番…いやッ! 王都でも一番を取れるから楽しみにしておくぞッ! 何せ、父さんの自慢の子だからなッ!」


 父さんは、笑いながら僕の頭をいつものように、ワシャワシャっとしてくれる。街に行く話しが出たから少し考えてしまった。

 ……このワシャワシャも街に行ったらして貰えなくなるんだなぁ。

 たまに帰郷した時でもやって欲しい。

 ちょっと寂しい気持ちも芽生えてきた…。


「そうね。カイならきっと大丈夫よ。カイは我が家の自慢の子ですもの。ふふっ」


「うん、僕頑張るよッ! 父さんと母さんのためにも頑張る、約束するよッ!」


 僕は、父さんと母さんに一方的な約束を宣言しながらも、その後の食事を家族三人で楽しんだ。

 和気あいあいとした一家団欒いっかだんらんを楽しんだ。幸せな一時はあっという間に過ぎ去り、夜がふけていった。


 食事が終わり、食器を皆んなで洗って片付ける。この後は汚れた身体の垢を落とすために、蒸した布で身体を拭いて寝るだけ。

 お風呂は二日に一度、朝早くに起きてパパーっと浴びる。

 日本にいた頃と違い、夜明け前に浴びるのがこちらの習慣だ。だから今日も早く寝る。


「おやすみみなさい。父さん、母さん」


「…あぁ、おやすみ」


「おやすみなさい。いい夢を見るのよ…」

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