特別な存在

──※──※──※──




 ……バタンッ!!


 僕は倒れ込む。

 走り抜け、颯爽と駆けだして、ついにゴールをした……抜け駆けもしたけど。

 でも僕の後には、いや、僕の後ろの方では音はしない。

 普通この状況なら”タッタッタッ“とかそんな擬音が聴こえてきてもおかしくはないのだ。

 だが、そんな音は一切一向に聞こえない。

 そうです………僕がビリケツでした。




「あははははははっ! カイったら私よりも遅いなんてね〜」




 イレーネの高笑いが耳から脳内に響く。

 ……クソぉ、負けるはずなんてなかったのに。

 主人公補正的なアレで勝てるはずだったのに。


「何…で……。はぁ、はぁ。……イレネーが……、僕…より……速い……の」


 途切れ途切れの言葉で彼女の名前を正しく発音も出来なくなり、ヒューヒュー声の僕の音が鳴った。

 悔しさもあってか言葉がすぐには出てこなかった。


 だってイレーネは、僕と同じ文官教育を受けていたはずだ。

 さらに言うなら、僕は体術の訓練も受けていたからイレーネよりも体力の自信はあった。

 それでこの様だ。疑問符と自信を無くす音が頭の中で鳴り響く。


「ふふふ、それはねー。カイもハイクも学校から帰ってきて、家の手伝いをした後に、何か戦いの訓練してるみたいだったから、私も負けじと夕方は一人で走って、体力をつけていたんだ」


 えっ!? いつの間に知っていたんだろう。

 イレーネは僕達が竹刀もどきで打ち合う訓練とかをしていることをご存知だったみたいだ。

 でも、何で一緒に訓練をやらせて欲しいって言わなかったんだろう? 

 イレーネなら僕達が訓練をしていることを知っていたら、参加したいって言うと思ってたけど。

 …それに何で走る必要なんてあるの?


「私は戦いは嫌い。帝国に生まれた以上、何かしらで戦いとは関わることになるのはしょうがないと思うの。だけど、戦いには直接関わりたくないのが私の本音。ただ、戦いたくないからと言って何も努力しないのは違うはず。だから勉強を頑張った。カイとハイクは学校以外でも、体術の訓練を頑張っていたのは何となくわかってた。いつも一緒にいるし雰囲気で分かるわよ。…だから、私も頑張らなきゃなーって思って、走ることも頑張ることにした。体術を学ばなくても、それでもカイとハイクに付いていけるように、走ることは頑張り続けたの」

 

 ……イレーネはテレパシー持ちなのかな! 

 何で僕の考えている事が分かるんだ? 

 以心伝心過ぎて安心ではなく不安しか覚えない…。


「はははっ、その顔は何でわかるのって顔だな。んな事は聞かなくてもわかるだろ。何年一緒にいると思ってるんだよ。俺でさえお前が何を考えているのかわかったぞ。お前が難しそーなことを考えてる時の顔は、何を考えてるかわかんねーけど、お前が感情的な考え事をしてる時は単純なんだよ。カイは」


 そう言ってハイクはニカっといい笑顔で笑った。

 ちなみにハイクは僕よりも大分前に着いていたらしい。


「あははっ……あっはっはっはっ!」


 思わず僕は笑っていた。

 笑い続けていた。仰向けに倒れながら笑い続ける。


「あら? 私に負けて悔しいと思ってたけどそうじゃないみたいね」


「あっはっはっはっ! いやいや、悔しいに決まってる。悔しくて自信が無くなったよ。これでも努力はしてきたつもりだもん。でもね、悔しさよりも可笑しさが強くなったんだ。だって可笑しいでしょ。僕達は家族じゃないけど、家族よりもお互いのことが分かってるんだなぁって思って。だって、ただ家が近いだけで、それだけでここまで仲良くなる訳ないんだよ」


 ふぅと僕は息を吐く。


「……不思議だよね。家族と過ごす時間よりも、ハイクとイレーネと過ごす時間が長いんだ。朝早くから三人で学校に通って、一緒に帰って来て。学校の休みの日も一緒に遊んで。…だってそうでしょ、手伝いが終わって、家に帰って家族と数時間過ごすよりも一緒にいる時間が多い。もちろん家族と寝る時間は別に考えてね。夜は早く寝て、朝早く起きてすぐに家を出るからね」


「確かにな。学校でも身体動かして、帰って来てからも手伝いで身体動かして、家に帰ったら食って寝るだけだからな。ははっ、確かに家族じゃないけど家族以上だな」


 ハイクはそんな風に良いことを言った。“家族じゃないけど家族以上”。

 ……いい響きだな。

 人生のどこかで大切な場面が訪れたら使ってみたいな。


「そうね。私はカイとハイクと違って直接家に帰って機織りの仕事の手伝いをするけど、こんな風な雰囲気ではないわね。仕事って感じ。お母さんとは一緒にいるけど、家族と過ごす時間って言うよりもまた違う感じなのよね。仕事が終わってお父さんが畑から帰って来て、お母さんとご飯作りを一緒に始めたら、雰囲気がまた変わって”家族と過ごす“って感じになるのかなあ」


 あぁ、言いたい事はわかる。

 家族と言えど、仕事をしている時は仕事仲間。

 仕事仲間というより仕事の上司と部下のような関係になる。

 僕もお父さんと畑仕事を一緒にやっているけど、その時は家にいる時と違って言葉数が少なくなる。

 ある程度の会話はするが仕事を優先するし、優先しなければ密告されて刑に処される危険もあるから、なおさら仕事をやらなければならない雰囲気になりがちだ。


「そう、僕の言いたい事はそれだよ。仕事をしている時は家族と過ごす時間とは別なんじゃないかなって。あと、一週間に一日の休みがあるけど、半日は家の手伝いで、もう半日を他の子は一人で勉強したり、訓練したりしてるらしいけど、僕達は三人で遊んで過ごしている。そして、夜寝てる時間も省けば、家族よりも過ごす時間は多いって言えるんじゃないのかなって。それだけ沢山の時間を今まで一緒に過ごしてきたんだ。だから他の誰よりも、より一層お互いのことがよくわかると思うし、よくわかって仲が良いからこそ、一緒に沢山遊ぼうとするんだと思う。本当に不思議で可笑しな関係だよ。こんな国でこんな関係を築けるなんて」


「カイはよくそう言うけど、そんなに変か。確かに俺たちみたいに仲良い奴らはいないけど」


「うん。不思議というより珍しいかな。だって、ハイクもイレーネも他の子とはある程度仲が良いけど、僕たちと比べると、他の子たちとの間には距離があるように感じる場面はないかな」


「そうね。仲はある程度良いけど、カイやハイク程の仲じゃないわね。お互いの成績が落とされないように心のどこかでライバル意識があるかな。自分の成績の良さで将来が決まるんだから、なるべく他の子よりは、良い成績でいたいじゃない。カイは別よ。ライバルっていう感じはしないから」


「だよね。僕もイレーネがライバルなんては思えないんだ。ハイクは士官を目指してるから競争相手ではないけど、僕とイレーネは同じ座学を学んで、同じような文官を目指して、一位と二位の成績同士だから、普通ならもっと険悪な関係だったり、口も効かないような仲でもおかしくと思うんだ。でも、僕にとってイレーネは友達だ。ライバル意識とか蹴落とすような相手とか、そういう感情は全くないんだ。フーシェはちょっとそういう感情を、僕達に対して強く抱いているのかなって思う時があるんだけど...。むしろ僕は、イレーネとハイクとは一緒に頑張って成長していく良い仲間だなって思ってる。他のみんなも友達だとは思うけど、二人は僕にとって”特別な存在“だよ」


 早速”家族じゃないけど家族以上“って言いたかったけど、恥ずかしくて”特別な存在“に留めた。

 ハイクみたいに率直に自分の感情を言える人間が羨ましい。素直な感情より羞恥心が上回る。

 だって恥ずかしいじゃないか。よくハイクはそんな言葉を、ツラツラと口から言えると思う。

 僕にはまだ無理だなって確信した。

 …もう少しだけ、この言葉を胸のうちに留めておこう……もっと大切な人生の瞬間のために。

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