手と手の会話

「…そんな聞き方しなくても、カイはいつも俺たちのことを思って教えてきてくれた。カイが嫌な思いをして悩んででも、俺たちに話さなきゃいけないって考えてることなら教えてくれ。聞いた後、俺たちが悩むならカイと同じ気持ちを味わえるだけましだ。お前ばかりに辛い気持ちは背負わせたくないからな。俺たち友達だろ?」


「そうよッ! 友達なんだから気にせずに言いなさい。友達に“それでも聞きたい?” なんて聞いちゃダメ。…私達をもっと信頼して欲しいわ」


 僕は顔を上げて二人の顔を見る。

 ……話そう。素直にそう思えた。

 二人がここまで信頼してくれているのに、僕が二人の想いを裏切る訳にはいかない。


「わかった。二人には残酷な現実に聞こえるかもしれないけど言うよ」


 僕も覚悟を決めよう。


「簡単な話しさ。もし情報を集めるように頼んでおいた部下に、捕まったら自殺しろって命令しておけば、情報が漏れる心配はないんだ」


「…なッ!?」


「……嘘でしょ…そんな事して言い訳がないッ! 忠誠を誓った大事な国民で、高度な教育を受けてより強い忠誠心の高い大切な人材に、そんな酷い事を命令するなんて許されないわッ!!」


 二人は考えもしなかった答えに驚きを示す。

 やってはならない許されない事だという感情を、顔の表情が物語っていた。

 それはそうだろう。十二歳の子供には考えられない答えだろう。

 僕も子供の頃は、歴史をただ知っていくだけで楽しかった。

 中学生に上がる前にそういう歴史の裏の部分、非人道的な行為も、自分で調べていくうちに知るようになった。

 その時には二人と同じ事を僕も考えていた。


 ましてや前の世界では道徳の授業があったおかげで、こちらの世界よりも社会的に許されない、人間として許してはならない道徳基準を学ぶことが出来た。

 そしてその事実を裏付ける歴史の授業を通して、人間の醜い争いを古い時代から現代に至るまで、ずっと繰り広げられてきた事を、今の僕の年齢で日本の学校に通えた子供達は知ることが出来た。

 その上にこんな戦争と政争による絶え間ない争いの中での、非人道的な行いも付き纏いながら歴史を重ねに重ねてきたことを知り、僕もショックを受けた。


 さっきイレーネが言っていた国家に対する“より強い忠誠心”を抱く人を、帝国のような国はその教育過程を通して量産していく。

 帝国民の心の中で、帝国という存在を絶対的な存在へと昇華させるのだ。

 僕達くらいへの教育だとそこまで強い忠誠心は育てきれないと思う。

 …だけど、どんどん高度で特別な教育を受けていくとどうだろう。

 恐らく優秀な者を作り出す教育過程の中には、体術や座学以外にも愛国心を抱かせる何かしらの洗脳のような教育も施されるはずだ。確かに愛国心を抱くことは素晴らしいことではあると思う。

 ただ、それが自ら自然と芽生えるような純粋な愛国心ではなく、”この国は素晴らしい、この国は絶対だ、この国こそが正しい、この国以外は存在してはいけない“などと、強制的な愛国心を植え付けるようなやり方で、偽物の忠誠心を押し付ける教育で人工的な忠誠を作りあげるのだ。

 ……本当に嫌悪しか抱けないやり方だ。


 …人間の醜さ、醜悪さを僕は知った。

 その後、少ししてから僕もようやく克服というより考えを修復しようとすることが出来た。

 歴史と英雄達が大好きだった僕には受け入れ難いことだったので、なおさら時間がかかった。

 ”そんな事は人間なら行なってきて当然の歴史で当たり前のことだ“……と、周りの友達は言っていてあまり気にしてもいなかった。


 でも、僕には大好きな英雄たちが…その歴史を積み上げてきた事実が酷くショックだったのだ。

 “生き残るためには仕方のない事だ”という考えの風潮に僕の考えも少し染まりながらも、未だに僕の心の奥底では納得出来ず、薄っぺらい表面上では理解しようと努めている程だ。

 継ぎぎを足して足して、い足した取り繕いという名の修復した考えを現在まで続けている。

 

 僕にも酷い事実だったけど、二人にも嫌悪せざるを得ない考えを押し付ける。

 そこに少しの真実と嘘を交えて。


「二人は、僕に師匠がいた事を知っているよね…。僕も師匠から聞いてショックだったんだけど、間違いない事実なんだって。師匠は昔、帝国でも偉い立場に居て、そこであらゆる帝国に関する情報を、黙秘する様に命令されたらしい。情報をもし漏らすくらいなら、自分の命を絶つようにも言われたんだって。でも、師匠はある時怖くなって逃げ出したんだ。それ以来、帝国から命を狙われるようになったみたい。今も帝国に怯えながら暮らしていて、同じ場所にずっと居たら命を狙われやすいから、住処を転々としながら暮らさざるを得ないって言っていたよ。師匠はもう、この地にいない。もう別の土地に旅立ったみたいだ」


 そう。この世界に来てある時、ある人物と衝撃的な出逢いを果たした。

 それが師匠と僕が一方的に呼んでいる人。名前は知らない。

 大抵、僕の話しはその人から教わったと二人には嘘をく。

 いつでも僕の知識は師匠の受け売りというていで話す。

 その方が信憑性が増すからだ。


 今回も師匠の称号を盾に、二人に僕の考えを伝える。

 二人の顔を、それぞれしっかりと見ながら話しを続ける。


「……だから、二人にはあの商人のような人たちと関わって欲しくないんだ。変に関わってあの人たちから帝国の情報を得て殺される危険性や、あの人たちから危険な子供だって判断されたら、殺される可能性だってあるんだ。…お願いだッ! 僕は二人には死んで欲しくないから約束して欲しい。あの人たちには関わらないでッ!!」


 不意に二人の肩を掴んで頼み込んでいた。

 必死のあまり自分の想いよりも先に身体が行動へと移っていた。

 不随意運動ではない。心の底からそう想って、手が勝手に二人の肩を掴んでいたのだ。


 …ハッと我にかえり、二人の顔に必死に焦点を合わせていた視線が、信じて貰えるかという不安と共に徐々に下へと向いてしまった。

 その視線の先は、いつの間にか視界に映っていた二人の手に移る。


 時間と共に、二人の手はゆっくりと上に吸い上げられるように…いつの間にか僕の両手を二人の手が優しく覆い被さり、次第に手には熱が籠る。

 まるで、二人の答えを聞かなくても……僕達の手と手が会話をしているような気がした。


「大丈夫だ。約束するよ。正直言ってさっき言ってたことが事実だったら、俺は酷くショックだけど、その話しとこの約束は別だ。俺自身そんな危険な目に遭いたくないし、こんなところで命を捨てるような真似はしない」


「私も約束する。商人がどんな人たちか興味あったけど、好奇心で命を捨てたりはしないわ。それに、カイの師匠の言葉が本当なら、危険過ぎて近づきたくもないし、カイがとても私達のことを想ってわざわざ言ってくれたって、さっきの言葉から伝わってきた。あなたの想いを捨ててまで、そんな事は決してしないって約束する」


 手から伝わる温もり以上に、二人の言葉は僕の心を穏やかなものへと変えてくれた。

 紡ぐ台詞は感謝と約束だった。


「ありがとう…。二人共ありがとう。僕も約束する。僕に出来ることは少ないけど、僕は二人のことを何があっても守るよ。僕の大切な、大事な友達。仲間だから」


「ありがとな…と言ってもカイは俺よりも弱いから俺がお前らのことを守ることにならねーか? しょうがねーな、俺が弱いカイの代わりにお前らを守ってやるよ」


「言ったなー! よし、じゃあハイク、ここから僕達の家の近くの川まで競走だ。どっちが体力あるか勝負だよ。守るためには体力も大事なんだ。僕だって普段から鍛えてるんだからね!」


 そう言って僕は一人で勝手に走りだす。

 正当に戦っては負けるから、少しでも勝てる可能性のある長距離走で勝負だ。

 ハイクよりも早く走り出すのは卑怯ではない。

 ちょうどいいハンデを僕が気を利かせて頂戴しただけだ。

 にっしっしっし…!


「あっ、ずりーぞカイ! お前あれだろ、俺に体術では勝てないから勝てそうなので勝負してきてんだろ。しかも勝手に走って卑怯だぞ!」


 ぐうの音もでない。

 だがそんな正論、耳も口も貸さず出さずに僕は走り続ける。

 無視だ無視。聞く耳と返す言葉の無駄遣いよりも、ひたすらに足を駆け続ける方がいいに決まっている。


「おい! 聞けって。…クソ! 待てよー!」


 ハイクも捨て台詞を吐いて走り出す。


「って、二人共忘れてるよね! 私のこと忘れてるよね!」


 イレーネも僕達のことを追って走り出す。

 …これは勝ったな。ハイクが追い、イレーネがさらに追い掛けてくるこの構図は、きっと主人公補正的な感じで、僕が一番乗りで二人に対して勝ち誇ることが出来るはずだ。

 何かの漫画でも主人公が走り出して、それを追いかける仲間がその後を必至に追いかけていくなんて絵は、よくよく見てきたもん。


「うぉー!」


 そう言って僕は無駄な雄叫びを上げて、木漏れ日があふれて爽やかな風を感じるこの森を走り抜けた。




「……」



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