それでも聞きたい…?

「彼らの足取りの癖で決定的なのは、彼らの隣を誰かが横切った時に無音ではなくなるんだ」


「わからねーな。つまりどういうことだ」


「ハイクは投げ技を決める時、片足に力を入れるよね?」


「そうだな。足に力を入れないと踏ん張れないし、力が入らないからな」


「彼らの隣を横切ると必ず、ごく小さな音だけど音が鳴る」


「…あー、そういうことか。バカな俺でもわかったよ。つまり、奴らは強い戦士だから、癖で知らない奴が横切るといつでも構えられるように、足に力を入れるってことだな」


「恐らくそうだと思う。強い人だからこそ無意識に出るものだと思う。装いとか表情は商人のように振る舞えても、何十年と戦いに特化した人の癖は抜けないと思うんだ」


「なるほどね。まだ確信には至らないけど、少しはそうかもしれないって思えたわ。でも、カイが言いたいのはそれだけじゃないんでしょ?」


 そう。僕が二人に伝えたいのは先程の推測とは違う憶測。

 根拠を得られる証拠が全くない中での事実無根の憶測による危惧だ。


「これはあくまで僕の勝手な予想というか、心配事なんだけど。多分、いつかこの村を拠点に帝国は隣の国に攻め込もうとすると思う」


「どういうこと!? だって隣の国とは友好国だって、田舎のこの村でも知られてるわよ! そんな国との同盟を破ってまでなんで戦争をするの」


 イレーネは怒る。それはそうだ。僕の勝手な憶測は、自分たちの村が戦争の最前線の拠点になり、村のみんなが今までとは違う生活を送り、それを強しいられることを表す。

 それに、帝国と隣の国との現状からは辻褄の合わない憶測。変なことを言っているのは僕の方だ。


「もし二人が隣の国に攻める立場だったとするね。二人は攻める前にどんな準備をする」


「…物資を揃える」


「兵站を確保する」


「そうだね! 物資と兵站は大事だね」


「そりゃあ、カイから戦争がどういうもんかずっと教えて貰ってたから今さらだ!」


 ハイクは勝ち誇る。だけど僕は違う答えをする。


「それに加えて幾つか大事なものは他にもあるよね。…その一つが情報だ」


 一呼吸置いて二人に質問する。


「二人なら情報を得るために、誰に情報を持ってこいって頼もうとするかな?」


「それはもちろん、他国を行き来する商人達なら情報を得られる立場にあるから頼むわね」


「一つ目はそうだね。でも、実際の商人の目線での物の捉え方と実際に戦をする兵士、ましてや指揮官の目線では得ようとする情報は大きく変わると思わない?」


「確かにな! 文官と士官で考え方が違うように商人と指揮官では違うと思う」


「学校での文官教育と士官教育での、子供たちのそれぞれの考え方が違うから明白だよね。ハイクとイレーネの二人の目線では、それぞれ何を情報として欲しいと思う?」


「俺は戦場の地形や相手の兵力、民の数。それからどんな武器を主に使ってくるか。あと、馬と兵糧がどんぐらいあるかとか」


「私は敵の領主と民や兵士との関係。上手く仲違いさせられれば戦いが有利になるわ。あとは、敵の物資の往来の仕方、兵站ルートとか。まあ、どれもカイに教えて貰ったことでけど」


 おぉ、凄い! ちゃんと前に教えたことを覚えていた。

 帝国が戦いに重点を置いた国家運営をしていることから、二人にも前もって戦争とは何かというイロハを少なからず教えてきた。

 最初は二人とも懐疑的な目を向けて”何でカイがそんなことを知っているんだ“と聞いてきけど、僕にも師匠がいて秘密に教えて貰っているけど”二人は特別な友達だから特別に教えちゃうね“って、特別を特売で売り文句にしたら納得してくれた。

 流石は子供だ。言った事に対して正直だ。


「二人ともよく覚えてたね。でも、二人とも咄嗟に出す答えは違ったよね。それが見方の違いだよ。恐らく、商人と士官の両方の見方からの意見を、陛下や将軍たちは聞きたいと思わない? そのほうが沢山の情報が得られて、色々な状況を想定した戦を展開できるんだ。臨機応変に対応するにしても、ある程度情報があるのと、情報が全くない状況では、軍を的確に動かす判断、各部隊との指揮系統の連携とかに響いてくるからね。戦は始まる前までにどれだけの準備、根回しをしたかで勝利への道を決するんだ」


「カイが出世のために覚えた方が有利だって言ってたから、そりゃあ忘れねーよ。自分のためだ。でも、言われて納得したよ。陛下も自分のために、自分を有利にするために、情報を色んな人間から集めようとしてるってのはあり得る話しだ」


「そう! 自分のためだよ。それに陛下は戦が得意だから、こんな辺境の僕達の村のあるところまで、国を広げることが出来たんだと思う。戦が得意なら情報も沢山集めるような人だと思うんだよね」


「ふーん。たしかにそんな人なら、情報を沢山知りたいって思うのは間違いじゃないと思うわ。でも、それだけ考える人が、多くの部下に情報を集めるように命令して、その部下が捕まった時に敵に情報を売らないかとか考えないのかしら。人を増やせば増やす程、危険も増えると私は思うのだけど」


 イレーネは鋭いな。

 メリットを聞いてすぐにデメリットに気付くなんて、普通の子供とは思えない。

 文官としても成功しそうだけど、指揮官として大成しそうだと感じる。


「その答えも明確にあるんだけど、二人とも聞く覚悟はあるかい? まだこれを教えるのは、今までは辞めとこうと思ってたんだけど、ちょっと状況が変化したから話しておいたほうがいいと、今では考えているんだ。恐らくこれから言うことは、帝国が“帝国に対する絶対的な忠誠を誓っている”と判断された者にしか知らされない内容だと思う。そうじゃないと教えられないような内容なんだ。……これを知ってしまったら、二人は悩むし後悔するだろうから。だから僕は、二人が聞きたいと言うなら言うけど、後悔してまで聞きたくないことは、僕としても本当は心苦しいから伝えたくはないんだ。でも、今はそうも言ってられる場面でもないかもしれない。ただの僕の憶測による勝手な考えで、二人の今後の人生の在り方も変えてしまう可能性が高い。二人はそれでも聞きたい…?」


 本当にそう思っていたこともあって、声のトーンと顔と目線が、いつの間にか少しずつ下がって二人に聞いていた。

 あくまで二人の意思を尊重したい。

 だって、まだ十二歳の子供が知るには残酷な情報だ。

 だけど、今回の話しの危険性を理解して、街に移るまでの三ヶ月の間に、二人にはあの商人のような人たちと関わって欲しくないから、二人には納得してこの話しの結びまで聞いてもらいたい気持ちもある。

 この話しは、二人の命を生き長らえさせるけど、命の枷にもなるかもしれないから。




「カイ。その言い方は卑怯だ。と言うかそんな聞き方はするな」



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