授業
「カイ、フーシェ、用意はいい? よーいっ、ドンっ!」
数学の問題を一斉に文官志望のみんなとスタートした。小学生でも解ける問題だ。
文官志望用にさっきよりも難しくなっているが、五十問あっても大して時間は掛からない。
次は、外国語の単語を帝国語に訳す問題が五十問。ただ、外国語はなぜか英語なのだ。
文字もローマ字が基本のようで、前世での学校の授業で多少の心得があった僕は周りのみんなより有利だった。
しかし、帝国語を覚えるのは苦労した。
話し言葉は赤子の頃から周りのみんな使う言葉だからこそ慣れているが、書き言葉については“これ何処の国の文字なの?” と疑問符が思い浮かぶ文字ばかりだ。
帝国語には英語の“have”に当たる動詞が無かったり、本当に訳が分からなかった。
何となく法則が分かってきて、ようやく文字も文もある程度書ける様になってきた。
帝国にいながら外国語の方が出来るなんて、不思議な子供だと我ながら思う。
…なんとなくだけど“キリル文字”に似ている気がする。
歴史の転換点となる文字は調べていたのでなんとなくわかる。
発音とか聞き取りは無理だけどね…。
「ふぅー、やっと終わった」
「早っ!?」
「…チッ」
「やっぱりカイが一番かよ、やってらんねー」
座学を受けている同学年一同からのやっかみを受ける。羨みよりも妬みが強いやっかみだ。
確かに僕は彼らよりも前の世界で学んだことがある分、優位であるからこそ出る結果だ。
……いつもながら申し訳ない気持ちになる。
いじめはこの学校ではないが、出過ぎた杭が打たれるのが世の常だ。
過去の英雄たちはそう教えてくれている。
だからこそ威張り散らしたりせず、座学の自分の成績をこれ以上伸ばし過ぎるよりも苦手分野の克服をしたいと考えている。
少し経ってからイレーネ、フーシェの順で終わったようだ。
「また私の負けね」
「この学校を卒業するまでには俺が必ず勝つ」
「まあ、今のところは僕が勝たせて貰ってるけど、二人にいつか抜かれるかもしれない。そうならないようには努力するよ」
そう言って僕は、先生のところに歩き出す。
「努力するって言うなら、座学の成績を少しでも上げるように努力しなさいよっ!」
「どこまでも人を馬鹿にした奴だ」
後ろから二人のいつもながらの野次が飛んでくるが無視だ。
これ以上座学の成績を伸ばし過ぎないためにもこれは必要なことだ。
…寝ている先生の前に立つ。
「先生、今日解くべき問題をやり終えたので体術の訓練を受けたいと思います」
「...…」
「では、失礼します」
寝ている先生を尻目に僕は校庭に向かい歩き出した。
先生はほとんど寝ているだけだ。
学校が終わる時間に動き出して、授業の終了を宣言してその日の役目を終える存在だ。
尊敬は出来ないが平和な生き方をしている人だと思う。
戦場にも出ない。王のために勤勉に働く必要もない。ただ寝てることに励む存在。
子供たちの教育には良くないかもしれないが、子供たちに害も与えない。
学校に通い始めた頃はなんて理想的な生き方だろうと一瞬思ったが、この生き方は僕なら恐らく一日で飽きてしまう。
じっと寝ているだけというのは性に合わない。
何らかの行動を起こしていないと、気持ちが落ち着かないからだ。
この先生という恐らく三十代半ばぐらいの少しくたびれた男の人が、おおよそ人生の半分をこのように過ごしてきたのかと予想を立てると、この人を反面教師にしなければという脅迫概念に迫られる。
自分自身を奮いに立たせて、脅し迫りながら僕はハイクを追って校庭に出た。
…そう、苦手な体術に立ち向かうために。
体術と馬術の授業は、この村に常駐している三人の兵士の一人が先生役として見てくれている。
この人は信頼できるっ!
ずっと付きっきりでみんなの授業の様子をみてくれるからだ。
座学の教室より居心地が良いんだよね。
上に立つ人の人柄ってつくづく大事だと考えさせられる。
何よりやる気が変わってくる。授業に打ち込む気概が段違いだ。
…さぁて、今日も頑張るぞっ!
──※──※──※──
僕は宙を舞う。
僕の身体は地面から離れ、刹那を過ぎた数秒もの間ふわりと舞い上がる。
地面と衝突した瞬間に、身体中に重力による衝撃が走り、痛覚が過敏に反応を上げる。
「…あぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
ただの体術の訓練なかれ。
この国の体術は日本の柔道部のような激しい競技なのだ。
僕はハイクの華麗な投げ技を綺麗に決められて地を離れ、宙に浮かび、再び地面と触れ合うことが出来た。
ただしそれは、激しい痛みを伴う再会だったが...。
「カイは本当に弱いなー。頭は良いのに体術はからっきしだもんな。せっかく頭良いんだから、座学だけ頑張ればいいのに」
「いいん…だよ。僕は…これで……少しでも…鍛えて…おきたい...…から」
息も絶え絶えになりながら、なんとかハイクに返事を返す。
「俺には分からねーな。今から沢山勉強しとけば、それだけいい身分の役人になれるんじゃないのか」
「そうかも…しれないね。でも...そうじゃ…ないかも、しれない」
「どういう事だ?」
「ただ…勉強が、出来れば…いいだけじゃない......時には、自分で…自分を守らなきゃ」
「お前は外交官志望だろ。なら、強い士官が護衛で付くんだから、別に鍛えなくてもいいだろう? それに俺がお前やイレーネを守れるだけ強くなるから安心しろよ」
ハイクはそう言ってニッコリと笑って、地面に伏したままの僕に向かって手を伸ばす。
正直言って…まだ地面と一体化していたい気分なのだが、僕は差し伸べられた手に向かって、こちらからもプルプルと震えながらも手を伸ばす。
「ふう...。そうだね。…その時は今みたいに…思いっきり敵を地に伏してくれるなら…ありがたいね」
「あぁ、約束する。遠慮なく思いっきりぶん殴って、滅多打ちにしてやるよ」
もはや体術の訓練では習わない殴りつける行為を行うと約束してくれた。
そんなハイクなら大丈夫だと安心して、僕も顔を綻ほころばせながらハイクの手を握りしめた。
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