耐えて耐えて耐え抜くんだぁー!

 ゴォォォォーン。

 

 授業を終える銅鑼の音が盛大になる。

 授業の終了の銅鑼は同時に、村の農奴、機織り人達の休憩の時間を示唆する。

 時刻はおおよそ正午あたり。正午といえどお昼ご飯はない。

 僕はこの世界に来てお昼ご飯にあずかったことは一切ない。

 一歳までは母乳でお昼ご飯を賄えたかもしれないが、この世界の他の国ではお昼ご飯の概念があるのかな?

 お昼ご飯が存在して少しでもこの日中の空腹感を満たされるなら、満足感も満ち溢れてさぞ幸せになれるだろうな。


「今日もハイクの圧勝とカイの全敗で訓練は終わりだなー。んじゃ教室に行こうぜ」


 周りの友達のそんな掛け声と共に、全学年の士官志望のみんなと一緒に教室に向かう。

 “カイの全敗”という言葉だけ抜いて声を発して貰いたかったが、圧倒的な事実だし、あえて指摘することでもないし。

 それに指摘したら指摘したで事実を余計に突っ込まれ、自尊心をさらに失いかねない。


 ……耐えて耐えて耐え抜くんだぁーッ! …そして、いずれ誰かに一回くらいは勝つんだーッ! 


 …と心の中で雄叫びを上げる。


 体術の訓練を受けたみんなは打たれ強く、擦り傷や打撲、捻挫などの外傷は気にも留めず、何事もなかったかのように歩みを進める。

 最もこっ酷くやられ一番怪我をしたがいつものことだ。

 だけど、一番弱いけど一番打たれ強くなったとだけは自負している。

 これだけの怪我を負いながらも平然としていられるんだ。三年間耐え抜いた体術の訓練の賜物はかなり大きい。


 最初の頃は酷い怪我を負って、家に帰って両親が”何事だっ!“ と叫んだが、体術の訓練を受けたことを伝えたら、”何をやっているんだッ!!“ と怒られた。

 文官志望なのに体術の訓練を受ける必要などないし、勉強して少しでも将来を優位にした方が賢明だと理路整然と説明された。

 それに”そんな怪我をしたら勉強に差し支えるし、家の手伝いも滞る。そして何より僕の身体を心配し、そんな酷い怪我をする姿でこれからも帰ってくるのを想像したら、心配で心配で心が落ち着かなくなる“…と言われた。


 ……本当に良い両親だ。優しい人たちだ。

 この優しさに触れられているからこそ、こんな酷く歴史を辱はずかしめ、民に圧政を強いる国でも何とか生きていこうと思える。

 僕は苦労をしている両親に楽をさせられるように、こんなに小さい頃から出世街道の道を目指して懸命に努力している。それが一番の目的だ。そのためなら何だって努力する。

 両親には、座学で一番の成績は取り続け、家の手伝いは疎かにしないし、心配させない程度にこれからも怪我をし続けることを宣言すると、二人は顔を見合わせて仕方なさそうに苦笑いをした。


 最初の一年は酷い怪我を負って帰り道を歩くのも、家の手伝いをするのも大変だった。

 しかし、親との約束があるから、どんなに辛くても耐えられ続けられた。

 親も僕が酷い怪我をして帰る度に、ハラハラした顔を見せていたが、一年を過ぎる頃には僕が辞めないことをわかり、呆れながらも続けさせてくれた。

 親を幸せにし、自分の身体を鍛えるためにも必要なことだった。この世界では何があるかわからない。

 いつこの村が戦火に巻き込まれてもおかしくないのだ。だからこそ自分自身の身を少しでも鍛え、自分と家族の身を守れるくらいにはなりたい。


 教室の戸を開くと、教室で勉強していたみんなも疲れ切った顔をしていた。頭を使ってふわふわしてふらついた感じの疲れがでていることが、その表情が物語っている。


「ハイク、カイお帰りー。またカイは酷くやられてるわね。…もう、危ないんだから辞めればいいのに」


「フン、いい気味だ」


「はははっ、またカイが負けて帰ってきたな。賭けはいつも通りイレーネの負けだなっ!」


 賭けにならない賭けを文官志望のみんなはいつもやる。

 そして、イレーネの一人負けもいつものことだ。

 僕が怪我をしないで帰ってくることが賭けの対象だ。この学校にいる間は無理だろう。

 せめてもう少し時間が欲しいが、イレーネは僕に賭けるのを辞めない。まあ、そもそもみんな賭けるものを何も持っていないから、賭け事態が成立していない。

 それでもみんなは楽しんで僕を遊びの種にしている。


「いいの。カイが怪我をしないで帰ってくるのを待ってるだけだから。別に私だけの負けでも構わないもん。辞めてくれればいいんだけどねー」


「どうせ負けて帰ってくるに決まってるのに無駄な賭けだな」


 フーシェもいちいち突っかかってくるけど仕方ない。

 公然たる事実だ。なんなら僕も負けてくるに一票入れたいと前に言ったらイレーネの雷が落ちた。

 ”だったら何でそんなことやってるのよ!“って。


「でも最近は、日に日に成長してるのがわかるからすげーよ。最初の頃はやられるしか取り柄がなかったけど、最近は投げられそうになることもたまにあるからな。まあ、投げられそうになっても投げ返して終了だけどな」


 ハイクは少しばかりフォローに入れてくれる。


「ありがとうハイク。僕も気長に頑張って、一度くらいは投げられるようになるよ」

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