会話

 ”人“ではない。

 

 それは僕達子供に人権がないので、定員三百人の村の一人に含まれていないからだ。

 ゆえに、村や街々の正式な人数は三百人以上になるのだが、僕達は”人”に至っていない国の“物”として扱われる。


 では、いつ“人”と認められるのか。

 『十六歳になった時に“物”から“人”に至る』と帝国の法律の一文に記されているらしい。

 何とも下らない法律だ。人権を何だと思っているんだろうか……。


 


 ガァーっと古い建物ならではの音で戸が横に開かれ、僕の意識も再び戻される。


「みんな、おはよう」


「「「「「おはようございます!」」」」」


「では今日も、生徒それぞれ志望がする文官と士官の教育授業を行う。一年生から指示を出すので、指示があるまでその場で待機していなさい」


「「「「「はいっ!」」」」」


 一年生、二年生の指示が終わるまで僕達は待機だ。

 この学校では、一年生、二年生、三年生の三つに区分される。

 この歳から忍耐力を培うのに軍隊教育さながらである。

 少しでも動いたり隣の者と話そうとするなら、教育という体罰が施される。

 前の世界では絶対に認められない教育方針だ。モンスターペアレンツの親なら悲鳴ものだ。


「......」


 静かな一時だ。一年生の指示には時間がかかる。

 座学が得意か体術が得意かを、最初の一年を通して見極める。どっちの授業を受けるかは本人の自由だ。

 ただし、大抵の子は入学前に自分がどちらの授業を受けるか決めている。

 あと三ヶ月で二年生に進級するので、この朝の時間に一年生の子は自分の不安を少しでも解消するために、自分の適性や座学のわからない点を質問している。

 普通はそういうことは放課後にするもんだと感じてしまう。

 …しかし、先生は授業が終わるとすぐに出て行ってしまうので、この時間にしか質問が出来ない。


 座学のわからないところは授業中に質問したほうがいいと思う。

 普通ならそうだろうけど、普通じゃないからこういうことが起きている。

 その理由も…もう少し時間が経てばわかる。

 僕たち三年生はわかりきっているから、もう諦めてこの時間は先生に誰も質問などしない。


 待っている間に自分の思考を加速させる。前の世界の英雄たちを思い出す時間だ。

 この世界に来て英雄たちに想いを馳せる時間を奪われた僕は、少しでも彼らのことを想いに留めておけるように、最も大切にしている時間だ。

 さぁて、今日はどんな物語に想いを馳せようかなぁ......




 ──※──※──※──




「では、最終学年に指示をだす」


 僕の意識が、目の前の先生と呼ばれる人物に向けられる。

 今日も僅か十数分程の楽しい時間が終わってしまい、途端に憂鬱な現実に引き戻される。


「文官志望の者は座学を行うように。士官志望の者は体術を行うように。何も問題を起こさないように。何か質問のある者は…何もないようだな。では以上だ」


 それだけ言い残し、先生は教室の端にある教室専用の席に座り眠り始めた。


 そう。すぐに眠り始めるから、あのタイミングでしか聞けないのだ。

 学校の授業が終わったら、自分の役目は終わったとばかりに、放課後に質問をしても”明日の朝するように“と言われるだけだ。


 この先生と呼ばれる人物は、街で二年間の教育を受けた人だ。

 王都への召集までは至らなかったものの、街で比較的良い成績を収めた者が就ける仕事らしい。

 基本的に村には一人の先生と一人の役人、三人の兵士が派遣される。これらの人物たちは単なる農奴と機織り人と比べれば、社会的地位は圧倒的に上だ。

 村のみんなは、これらの人物たちのご機嫌取りに成り下がる。

 なので、正確な村の人口構成は“役職持ち五人”+“村人三百人”+“物”ということになる。


 自分で言っといてなんだが、“物”とは本当に聞こえが悪いけれど権力者にとってはその方が都合がいいのだろう。

 人権の権利の主張などが叫ばれ各地で反乱が起きてしまえば、それこそ国が荒れる要因になりえるかもしれない。

 だからこそ、文化は引き伸ばせるギリギリのラインまで発展させて、地方の文明をすぐに制御・制圧出来る範囲にまで落としているのかもしれない。


「カイ、お前今日も幸せそうな気持ち悪い顔してたな。先生が俺たちに話し始めたら、いきなり“むすー”ってなってたな」


「そうね。いつもながら何を考えているか、わからない顔だったわ」


「僕にとっては幸せな時間なんだよ。はぁーあ、終わってがっかりだよ。最後はもやもやしちゃったけど」


「んじゃ、先に行ってるぜカイ。また後でな」


「うん、また後で」


「それじゃあカイ、私と勝負よ!」


 こうして学校での一日が始まった。


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