“人”ではない
小麦畑が青い海のように広がる大地の中を僕たちは歩き続ける。
小麦畑って黄金色のイメージが強いけど、今の時期はまだ青々としている。
あともう少しすれば、あっという間に黄金色に一面が染まる。
小麦が色付いたら白い穂に変わる前に刈り取らなければならないから、農奴の最も忙しい時期だ。
今は収穫に備えての下準備をしている。収穫に使う道具の手入れだったり、他の畑で育てている
だからこそ“濡れ手に粟”な状況にいる上流階級な方たちがいるならば、少しでも民に思いやりを示して貰いたいくらいだ。
村の中心部に近づくにつれて景色が変わる。
のどかな自然の風景から、ぽつりぽつりと見える家の数が増え、学校の近くまで来ると建物だらけだ。
とは言っても、日本のように二階建ての住居やビルが居並ぶ訳ではない。学校以外は全てが一階建ての建物だ。
しかも、建物の造りは基本的に土壁で仕上がっている。
土壁の作り方はあらかじめ建てておいた建物の木材の柱に、竹や藁で格子を組みあわせ、小麦の藁と粘土状の土を混ぜたものを塗りつけて、充分に乾燥させてから、目の細かい土と砂に細かい藁を混ぜたものを、重ねて何度か塗れば完成だ。
出来ればこの上に白の漆喰を塗れるなら、見た目も白で清潔感が増すし、調湿効果もあるから良いなぁと思うのだが、そこまで建物に予算を回せる程ではないようだ。
ただし、唯一村の中で二階建ての建物の学校は、漆喰が塗られていて白い建物となっているから、かなり目立っている。
この国がそれだけ教育に力を入れている証だ。
学校の門をくぐりそのまま学校に入る。言葉通り靴を履いたそのままの状態で、教室の引き戸を開ける。
「みんなおはよう」
「おはようハイク、イレーネ、カイ」
彼はフーシェ。僕たちと同じ年で彼も文官を目指している。
フーシェも街での教育を受けるために街に行くことが決まっている。
彼は村の中心部に住んでいて、頑張れば走って一分もしないで学校に来れる所に家がある。僕達と違って登校時間が短いから羨ましい。
彼の父はこの村の役人だ。だから、農奴のようにそこまで早く起きる必要はない。
フーシェは朝の家事手伝いをやらなきゃいけない、ギリギリの時間まで寝てればいいと僕は思うのだが、彼は誰よりも早く学校に来て勉強しているようだ。
「宿題見せて。フーシェ、おはよう」
「ハイク。“倒置法”を使って大事なことを強調しているつもりかもしれないけど、今は使う場面じゃないと思う」
ついつい手を止めて突っ込んでしまう。いけないいけない、先を進めよう。
「カイは何言ってんだ? まあ、俺はその“なんとか法”っていうのを使って、フーシェに命令出来るってことだな」
「宿題を見せてって言われても見せるつもりもないし、”おはよう“より”宿題“っていう言葉が先に出るのが舐めてる。何より”法“を勘違いして俺に命令出来ると、心得違いしてる奴に見せる物は何もねーよ」
「諦めなさい。フーシェもこう言ってるんだし、そもそも自分でやってくるべきことでしょ」
「いいじゃねーか。フーシェは俺に貸しを作れるし、将来に備えて困った時に、いつでも頼れる最高の保険をこの歳で得られるんだぜ」
「もう一生分の保険を俺の方が与えてると思うけどな。だから、これ以上の保険を重ねる必要は俺には全くない」
「そんなこと言わずに。なぁ、いいじゃねーか」
「しつこい。カイを見倣ってお前も早くやれ」
「……カイ。宿題をやり終わって見せてくれるなら、お前は将来に備えて最高の保険を...」
「僕もハイクに一生分の保険与えてるけどね。まぁ、せっかくなら保険を重ねておくよ」
そう言ってハイクにやり終えた宿題を渡す。
宿題といっても小学校低学年で習う数字の掛け算やら割り算だ。
二十問ぐらいなのですぐに終わる。士官志望の子と共通の宿題だから簡単だ。
数学嫌いを苦手に昇華させた僕でも、流石にこれぐらいはすぐ終わる。
「相変わらず早いわね。そして、ハイクに甘すぎるわ。そんなに早く終わるなら、ちゃんとやってくればいいのに」
「朝早いからギリギリまで僕は寝たいんだ。授業が始まるまでに終わらせればいいなら、学校に来てからやれば時間の無駄がないんだよ。効率よく時間を生かしてるだけだよ」
「物は言いようだな」
「僕はこれでいいんだよ、フーシェ。何事も時間を無駄にしたくないだけだよ」
「フン」
フーシェは何かと僕にライバル意識を持っている。
同じ文官志望で僕の方が少しばかり成績が良いこともあってか、僕のことを追い抜くことを目標にしているらしい。
僕は戦いの戦史を知ることや歴史に触れることが大好きだったけど、基本的に争い事や競争というものが嫌いだ。
前の世界でも戦史や歴史好きは戦いが好きだと勘違いされるけど、僕は過去の英雄たちの生き方や戦場での判断、その人物を取り巻く周りの人達との関係や仲間たちとの絆、逆境に真っ向から立ち向かう格好良さとかが好きなんだ。
幼稚に思われるかもしれないが、彼らへの憧れ、尊敬、憧憬、愛慕の気持ちが根幹を成している。
だからフーシェに友達意識はあっても、ライバル意識は元から僕にはない。
「おぉーい、何ボーっとしてんだよ」
「カイッ! 聞こえてる!?」
「…ん、あぁ…ごめん。考え事してた」
「たくっ、いつもボケーっと意識飛んでるのに、座学だけは常に一位だもんな」
「いつもこんなに気が抜けているのに、結局いつもカイに負ける私は何なのかしら」
カッ、カッ、カッ
廊下から足音が響いてくる。
この校舎は木造で作られており、廊下も古びた木造だ。
建物自体が日本の古い小学校のような雰囲気がある。
古びた感じの独特な匂いも心地良く、僕はこの学校が好きだ。
「やべー、先生が入ってくる。席に着くぞ!」
「そうね。カイ、今日は負けないわよ」
「みんなで頑張ろうね」
急いでみんな席に着く。
僕達高学年は一番後ろの席に横並びで座る。僕達の学年は十八人。
横並びの席は二十席用意されていて、二つの席は空き。
縦に三列で横に二十席用意されているので、合計六十人は座れるようになっていて学年の低い順から前に座る。
ん? 村の人口が三百人定員制なのに、そのうちの六十人が子供だと、村の五分の一を子供が占めることになって、子供の人数によって三百人の増減調整が大変ではないかって?
普通なら三百人に定めて税を決めるとなると、子供の数の増減は足枷となり、役人もお仕事が増えて大変だと思う。
でも、もっと簡単に計算出来る方法がある。
産まれてくる子供の数を調整したり、子供の少ない村に産まれたばかりの子供だけ移動させる必要なんかないのだ。
そもそもの前提が違う。
僕達子供は……”人“ではないからだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます