第3話

 ■


 討伐隊の隊長の名はタリオンと言い、エルフェンの言葉では“稲妻”を意味する。年齢を感じさせない色白の肌と肩まで伸びた銀白色の髪には女性的な魅力すらも感じられるが、彼はこれでいて五百年を生きる優れた剣士だ。


 彼自身にそこまで才能があるわけではない。

 彼の長所は他人よりも慎重である事くらいだろうか。

 しかしその長所が彼を長く、より長く生かし続けた。

 そして才能が並みとはいえ、数百年を研鑽にあてた剣士の業とは一体どのような物か。


 それはもはや剣技ですら無かった。


 ── "הפוך אותי לברזל." (Hafokh oti le'barzel.)

 "鉄と化せ我が総身"


 ── "אל הרעם, הזמן אל כפי." (El ha'ra'am, hazmen el kafai.)

 "雷神よ、我が双掌に招来せよ"


 これは彼の完全なオリジナルの魔法ではない。

 彼がまだ若者と呼べる年だった頃、諸国を遊歴した際に知り合った魔術師との出会いで得た知見に基づいて考案されたものだ。


 アステール星王国と呼ばれる古代王国へ足を運んだ若きタリオンは、ルイゼという王国の宮廷魔術師長と知り合い、彼女もまたエルフェンの魔法に興味を持っていた事から知恵と知識を披露しあったという経緯がある。


 §


 タリオンの両の掌に膨大な電流が流れ、磁界が生成される。

 そして磁界内で流れた電流は等身大の金属弾と化したタリオンに作用し、発生したローレンツ力によって彼は極音速でマルドゥークに向かって吹き飛んだ。


 "着弾"には瞬き程の時間もかからなかった。

 衝突音というよりは爆発音が森に鳴り響き、衝撃波によって太い木々がなぎ倒される。


 やがて土煙が収まり、タリオンは荒い息をつきながら周囲を見まわした。マルドゥークの姿が何処にもなかったからだ。

 木っ端微塵に消し飛んだとも彼には思えなかった。

 自身の業が敵手の命へ届いたかどうか、それくらい分からない彼ではない。


「恐らく防がれた。余程強い魔力で守っていたのだろう。だが、無傷とも思えない。散開して追跡しろ。ただし奴に余力がありそうなら深追いはするな。私は…少し休んでいく」


 タリオンは苦悶の表情を浮かべてその場に膝をついた。

 彼の魔法はあらゆる意味で術者を消耗させる。

 仮に彼ではなく、隊の者達でも同じ事ができるものは居らず、無理に真似ようとすれば命をくべても贖いきれない代償で魂魄が拉げる筈だ。タリオンでも2度使えば命はないだろう。


 討伐隊の面々は頷き、三人組を組んで森の奥へと散っていった。

 見送るタリオンだが、その精神世界には不穏な暗雲が立ち込めている。"自身の判断は間違っていたのではないか?"という思いが消えなかったのだ。


 ──竜種の強靭な鱗ですら突き破る我が業、あの白獅子を一撃で仕留めるつもりだったが叶わなかったか


 タリオンは俯き歯噛みするが、かといって傷を癒す暇を与えるわけにはいかなかった。今逃せば次回はこちらの手の内を学んだ上での会敵となるだろう、それはまずい…そうタリオンは考えている。


 だが、事態の推移は彼の考えより遥かに良い方向に進んでいた。

 暫し休み、なんとか歩けるようになったタリオンが森へ向かおうとすると、追跡部隊の数名が戻ってきたのだ。その表情は明るい。


「兄さ…隊長、手負いでしたが無事に仕留めてきました!」


 追跡部隊の一員の少女…といっても100歳前後の弓手が笑顔を浮かべながら駆け寄ってくるのを見て、タリオンはほっと安堵の息をつく。


「シエラ!他の者達も。良かった、無事だったか。他の部隊にも知らせなければな」


 そういってタリオンは懐から小さい笛のようなものを取り出すと、それを口に当てて息を吹き込んだ。

 無音だ。

 一見、音は出ていないように見える。

 だがエルフェンの者達はその音を聞き取る事ができる。

 彼等は非常に広い範囲の可聴領域を持っているのだ。


「はい、と言っても私たちは止めを刺しただけです。隊長の魔法によってもう殆ど死に体でしたし…血痕もあったので追跡も難しくはありませんでした。死体はどうしようかとおもったのですが…重すぎて持ち運ぶ事はできませんでしたし、どういうわけか魔法の干渉を阻むのです。氷のソリを作ったのですが、白獅子を乗せようとしたらソリが崩壊してしまったり。だからひとまずは死体は置いてきました。場所は覚えているので必要ならばご案内できます」


 でも、とシエラと呼ばれた少女はぶるりと震えた。

 どうした?とタリオンが尋ねると、シエラは僅かに震える声で言った。他の者達の表情もどこか暗い。


「凄い目だったんです。凄い目で私たちを睨んできて…邪眼の一種じゃないかって思ったくらいで急いで帰ってきたんです。この後は祈祷所へ行ってもいいですか?なんだか心配で」


 ■


 餌は良い、と白獅子は思った。

 餌は糧だ、悪い筈がない。


 敵も良い、と白獅子は思った。

 敵は試練だ、自身がより強くなる為に挑み続けなければならない。


 だが、と白獅子は思った。



 ──裏切り者は



 白獅子の、マルドゥークの脳裏に一人の少女が浮かぶ。

 笑顔を浮かべる少女

 困惑した様子の少女

 初めて逢った時、恐怖を感情を顔に浮かべていた少女

 色んな表情の少女が浮かんでは消えていった。



 ──裏切り者は



 マルドゥークは死にたくないと強く願った。

 自身の命を惜しんだからではない、悔しかったからである。

 憎かったからである。



 ──イシル



 マルドゥークがその名を思い浮かべた時、彼の中で何かが裏返った。それは彼の気高さだとか優しさだとか、所謂"光"に属する何かだった事は間違いないだろう。

 その証拠に、彼の体は白から転じて黒色へと変じていくではないか。無残な傷はどんどん塞がっていき、血と共に流れ出していた命が何かにより補填されていく。


 その"何か"とは、まさしく憎悪であった。

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