第65話 迫りくる、要人来島の日


大きな悲劇が起こった時ほど、後日談は呆気ないものなのか。

総代の妻であり広央の母親である清香は、密やかな形ばかりの葬儀の後、墓地へと葬られた。


ただし先祖代々総代とその家族が眠る由緒ある墓所ではなく、外れの墓地へと。


墓石もなく、ただ土が盛られただけの土饅頭。女達がささやかに線香を供え、全ては終わった。


葬儀の時、やはり広央は涙を流さなかった。


小春は女達に支えられながら、なんとか葬儀には立ち会った。狂乱のていはおさまるどころかどんどん酷くなっていく。


清香が死んだその日から、小春は壊れていた。


家が隣同士。

母親同士が親友で、それこそ赤ん坊の時から清香と小春は一緒だった。

姉妹であり親友。

お互いに夫をもち子供が出来ても少しも関係性は変わらず、いつも肩を寄せ合って過ごしてきた。


小春の泣き叫ぶ声が海辺にも響いてきたと、島の人間の語り草になった。




「何でなんにも言わねんだよ?」


ユキが限界に達し広央に問い質したのは、○○副総統の来島が目前に迫った時だった。


あの惨劇の日、広央はいつもと同じように振る舞っていた。次の日もその次の日も。

まるで何も無かったかのように。


家から母親がぽっかりとその存在を消したのに、元々存在しなかった事にでもしているのか。


“アルファだから、感情の有り様が普通と違うのか。”

“やっぱりアルファは普通の子とは違うのか” 


島の大人連中はそんな事を囁きあった。



イサや和希、優や光輝やサジ、そしてユキにさえも“あの日”の事については一切話さない。

かといって沈痛な風でもない。

周りはどう接していいものか分からない。



「…何が?」

広央は読んでいた漫画から顔を上げて、不思議そう聞き返す。

本当に何も無かったかのように。


外からうるさいくらい蝉の声が聞こえてくる。

夏の情緒がそこかしこに充満しているが、家の中は奇妙に冷えていた。


あの日からユキと広央は会話をしていなかった。いや、話しはするのだが上っ滑りの意味のない空虚なやり取りしかしていない。


清香がいなくなり、小春は狂乱状態。清治は警備の準備と訓練で忙殺されている。

突然生活がままならなくなって、食事の世話を近所の小母さんに頼んだりして、何とか凌いでいる状態だった。


ユキが我慢ならないのは、そんな日常の異変ではなく広央が自分に心を閉ざしている事だった。

話すべき事があるはずなのに、広央は閉じこもったままだ。



「ユキちゃん、ヒロちゃんをいじめちゃダメ!」

イサが二人の間に飛び込んで来た。


「いじめてねーよ」

ユキがそう返す。

それでもイサは広央を守る姿勢を崩さない。


「イサ、大丈夫だから」

広央は笑顔さえ浮かべてそう言った。空虚な笑みではあったけれど。


「あ、俺そろそろ行って来るから」


来島歓迎準備の最終確認と打ち合わせが、総代事務所で行われるのだ。

ユキは猪狩隊の訓練が入っている。

大事な事が話されないまま、日々が忙しく流れていく。イサは一人で留守番する事が多くなった。


広央と入れ替わりに近所の小母さんが入ってきた。

清治に頼まれて溜まっている家事を片付けに来たのだ。


小母さんは総代の息子をちらと見る。その視線には品定めが含まれていた。

総代の息子で、アルファの雄。

母親の死に無関心な子。


広央は自分に向けられた無言の非難を気付いていた。


気付かないふりをして、そのまま向かった。

父親の元に。



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