第60話 顛末


羽交い締めにされワゴンに連れ込まれる。

広央は得体の知れない深淵に連れ込まれた気分だった。


恐怖心は麻痺していた、むしろ何も感じない。




「ヒロ兄!!」


光輝の叫び声で我に返った広央が、ポケットから取り出した小さな筒の先っぽを男の一人に押し付けた。

バチッバチと一瞬火花が散る。


軍が所持を禁止している、違法の小型スタンガンだ。


服の焦げた匂いが車内に充満し、男達がほんの一瞬怯んだ。


「光輝、逃げろ!!」

広央はそう叫んだが、力で敵わずそのまま二人とも車に押し込められてしまった。

ほんの数十秒の出来事だった。


見るとあの男は運転手を務めていた。

ワゴンはまるで何事もなかったかのように滑らかに進み、非情にも集落から遠ざかっていく。


広央は猛烈な早さで流れていく車外の景色を横目に、必死に方策を考えた。

運転席の男は、涼しい顔をしてハンドルを握っていた。


(こいつ軍の犬だったのか…)

そう憎々しげに思ったその時、当の本人とバックミラーで目が合った。

男は笑みを浮かべていた。



ワゴンは滞りなく道を進んでいく。

街の中心地からだんだんと外れ、人気のない郊外へ。


「おい、どこに向かってんだ?」

連中の一人が不審に感じて問う。

ワゴンは郊外どころか、寂れて人っ子一人いない廃工場地帯に進んでいく。



「こっちの方が近道なんですよ」

運転席の男はそう答えた瞬間、アクセルを深く踏み込み車を急加速させた。

タイヤがまるで悲鳴のような音をあげる。


そのままのスピードで廃工場に突っ込み、錆びた工作機に衝突。

車は横転した。


運転席と助手席のエアバッグが瞬時に開き、サイレン音が車内に鳴り響く。


パンパンパンと、銃声がワゴンの中に響いた。



横転したワゴンの窓から、一人の男が這い出てきた。

運転していた男、あの駐車場の男だ。

彼は後部座席のドアをこじ開けた。


「おーいジュニア君、大丈夫か?」


車の奥で、広央がしっかりと光輝を抱きしめて床に伏せていた。

車内には、先程銃で撃たれた3人の男達がピクリともせずに横たわっている。


「そっちの子も大丈夫だったみたいだね?」

男はそう言いながらこじ開けたドアから手を差し出すが、広央は警戒を解かずただ睨み付けるだけだ。



先程ミラー越しに目があい、一瞬男がハンドサインを送ったのを見逃さなかった。

島独自の、猪狩隊しか知らないサイン。


“臥せろ、衝撃がくる”


このサインを読み取り、咄嗟に光輝を抱え込んで床に臥せ、衝撃に備えた。

読み通り車の衝撃からは身を守れたが、この男は信用出来るのか。


広央と光輝がなんとか外に這い出たその時、一台の車がこちらに向かってきた。



「キヨおじさん!!」

広央は思わず叫んだ。

車から降りてきたのはキヨおじさんと猪狩隊の部下だった。


清治は今までに見たことが無いほど、厳しい表情をしていた。



広央と光輝は全てを清治の口から聞いても尚、すぐには理解できなかった。


駐車場の男は名を秋津あきつといい、軍の公安部に属しながら総代にも通じている二重スパイである事。


広央達が島を抜け出た事を公安がひそかにキャッチし、拉致命令が下されたので、二人を守る為、総代命令で朝から尾行していた事。


光輝の父と護衛の隊員は、祖母の家を出た後すぐに捕まり殺されていた。

遺体を確認する作業を、これから光輝がしなければならない。


2人はただただ呆然とするしかなかった。


(父さんは始めからすべて知ってたんだ…)

広央は無力感に襲われた。

頭がぼんやりと霞み、けたたましく鳴っている車のサイレンの音も次第に遠ざかっていく。



許可なく島を出た事をちゃんと総代に説明するように。

清治のそんな言葉も、広央の耳を素通りするくらいだった。



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