第58話 発覚・総代と和希


夏休みに入っているせいだろう、港は観光客でごった返していた。

広央と光輝もその群れに混じり、難なく船を降りて上陸する。



“こっちは何事もなし、バレてないよ!”

和希からのメッセージだ。


“分かった、ありがと。なるべく早く帰るようにする”

広央はそう返信した。


そうしてふう、と息を吐き覚悟を決める。

最も気の重い連絡をしなければならないのだ。



“今、和希の家です。熱中症になったらしく、具合が悪いので今日のレッスンは休みます。明日その分やります すみません”


広央は後ろめたい気持ちと共に、送信ボタンをタップした。

副総統来島の為の語学レッスンだった。

島を挙げての行事で父も並々ならぬ力を注いでいる。


その大事なレッスンをサボる事になる。

そして何より…父の許しを得ないで勝手に島を出ているのだ!

自分の人生史上、初の行為だ。



「ヒロ兄大丈夫?」

光輝が心配そうに尋ねる。


なんでもない、行こう。

つとめて何でもないように装いながら広央は答え、2人して

駅へと向かった。


『父さんにさえバレなければ…問題ない!』

広央の心の叫びだった。



その時。

混み合う駅前広場で、中年の男がロータリーに向かって歩いていた。

男はカバンから何やら取り出した。

A3サイズ程の白い紙で何やら文字が書いてある、どうやらプラカードらしい

。通行人も一瞬足を止め、男を見る。


だが、次の瞬間には私服の公安警察らしき人物2人が、男を両脇から抱えそのまま車に押し込めた。

車は去っていった。


人々は何事もなかったように、また駅に向かって黙々と歩いていく。


「ヒロ兄…」

光輝が不安そうに車が去った方向を見つめる。


「見るな、行こう」

下手に騒いだりしたら、自分たちもあのプラカードの男の二の舞になる。


日常茶飯事。

人々も大して関心を抱かない。

それが身の為だからだ。


こうして広央と光輝は、駅のプラットフォームに向かって歩いていく。



◇◇◇


「広央さんは電話に出れないの?」


受話器から聞こえてくる機械的な声に、ただただ和希は焦った。

総代ビルの事務方だ。

まるっきりこちらの事を疑っている声色。


「あのっ、今具合悪くて寝てるから…!!」


広央が熱中症だと先方に連絡を入れているから、話に矛盾はないはず。

そう思いながらも、自分で自分の声が上ずっていくのが分かった。


『くそ、なんで家デンなんかにかけてくんだ…とにかく気付かれないように…特に総代には絶対!バレたらヒロ兄が…』


「後で掛け直すから…!!」

そう言って勢いよく受話器を叩きつけた。


その時になって、和希はようやく気がついた。

廊下を踏みしめる人の足音が。

階段を上がり、次第にこっちの部屋に近づいてくる。




「小僧は来ているのか?」



ひやり、とする声で聞いてきた。

総代その人だった。



後ろには猪狩隊の数名が、護衛として付き添っている。

副総統が来る前に何かあってはなるまいと、警護を強化しての事だろう。



和希はこのアルファの雄、総代の顔を見上げた。


遠くからは何度か見たことがある。

ヒロ兄の父だ、でも似ていない。

いやその前に、雰囲気が違いすぎて親子という事実さえ信じられないぐらいだ。



「質問に答えろ」

静かな口調の中に、密かな怒気が籠っているのがわかる。


和希はぐっと沈黙した。

そう広くもない家、探せばすぐに広央が居ないことなどバレてしまう。


「島を出たのか?」


これ以上答えずにいることは無理だと悟った和希は、意を決して答えた。


「知らない…!」


総代は和希の柔らかい髪を容赦なく掴み上げ、自分の方に引き寄せた。


「答えろ」


和希は痛烈な痛みを感じた。

掴まれている箇所の皮膚に、火がついたかのようだった。


後ろの護衛は微動だにしない。


視界が涙で滲んだ。

恐怖で声が震えたが、それでもはっきりと答えた。


「知らない!」


総代は表情を変えず、手も緩めようとしない。


凍りついた空気をスマホの着信音が破った。


護衛の一人が電話に出て事務的な会話をする。

そして総代の耳元に何やら告げた。


総代はぞんざいに手を離し、その反動で和希は畳に叩きつけられた。


そして和希の存在など忘れたかのように、踵を返す。

警護の男達も無言で従う。

  

去り際、総代が感情の無い声で和希に聞いた。


「お前、もう発情期ヒートは来ているのか?」


一瞬和希は言葉が出なかった。

オメガ特有の身体現象。

誰にも聞かれたくなかった。


鋭い目線に射抜かれ答えざるを得なかった。


「…まだ来てない」

やっとそれだけ言う。


「そうか」

総代は大して興味の無さそうな返事をした後、こう言った。


「来たら広央に近付くな。男オメガと番わせたくないからな」


冷厳にそう言い放つと、階下に消えていった。


部屋には和希だけが残された。

先程言われた言葉が刃物みたいに心に突き刺さったまま。



玄関を出て直ぐ、総代は警護の人間に指示を与えた。

「小僧を連れ戻して来い。反抗したら傷めつけろ」


それだけ言うと、迎えの車に乗り込み総代ビルへと戻っていった。

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