第48話 繋がれ!



大きなクスノキのうろの中は、まるで異空間だ。



捕虜になった北斗と見張り役のサジは、この異空間に隣り合って座り込み降りしきる雨を憂鬱そうに眺めていた。


このクスノキは島の創始から生えていたという言い伝えがあり、樹齢は500年を超える。

巨大な幹にはしめ縄が張られ、そのうろは大人でも優々と入れるほどの大きさだ。


二人とも閉じ込められたようなこの状況が面白いわけもなく、お互いに無口だ。

北斗は手持ち無沙汰に首にかけているサメの歯のペンダントをいじる。

漁師だった爺ちゃんの形見だ。


ふと、その手を止めた。


微かだが確かに聞こえる、自分を呼ぶような声に気づいたのだ。

「なんか変な音、聞こえなくね?」

隣のサジに問いかける。


「うっせーな!捕虜とは口利かねーんだっつーの!ぜーったい俺らの組が勝つんだからな!ヒロ兄が勝つんだからな!」


いきり立つサジを無視して、北斗はうろの外に踏み出した。


「おい!逃げんなよ!」サジが思わず叫ぶ。


北斗はサジの声などまるで聞こえていないかのように、ただある方向を見つめた。

そしてその方向に憑かれたように走り出した。



サジも最初は捕虜を逃すまいとして追ったのだが、途中から何かに導かれるかのように、北斗と一緒にひたすら走った。


ある道に差し掛かった時、サジは足元にたくさんの小石が輪っか状に置かれているのに気付いた。

だけどその時は北斗を追いかけるのに夢中で気にも留めず、小石を蹴飛ばしながらひたすらに走った。



雨が次第に小降りになり空も明るみを取り戻しはじめ、ところどころ太陽の光が差し始めた。


先ほどまでの激しい雨が嘘のように、山の天気が回復し始める。

山小屋の裏に潜んでいた陸と朝陽の足元にも、雲が晴れて明るみが差してきた。



「やった、晴れたじゃん!よっしゃ、作戦続行しようぜ、朝陽。…朝陽?」

陸が話しかけるも反応がない。

みると朝陽はある一点を見つめ、立ち尽くしている。

陸の声はまるで聞こえてないようだ。



「怪我してる…」

朝陽は呟くように言うと、突然走り出した。


「おーい!どこ行くんだよ?朝陽!?」


陸は慌てて後を追った、一体どこに向かっているかさっぱり分からず。

けれど陸は不思議と疑問が湧かなかった。

彼はそのうち自分でもわからない何か不思議な力に引っ張られるように、ただひたすら走った。



北斗とサジが泥まみれになって倒れている優を見つけたのは、あの大きな木のうろから走り出して数十分後だった。


優は急斜面のところにうずくまって動けなくなっていた。


「優、大丈夫か!?うわっ滑る!」

北斗がぬかるんだ斜面に足をとられながら、苦心して優のもとに駆けつけサジもそれに続く。



「……!!」

二人の顔を見て安堵したのか、優は顔をぐちゃぐちゃにして泣いた。

立ち上がろうとして微かな悲鳴を上げた、右足首に激痛が走ったのだ。


「足ケガしてんのか、歩けっか?」

北斗が優をおんぶして連れて行こうとすると、優はそれを拒否した。

光輝の事を伝えたいのだが、こんな時でも言葉が詰まって話せない。

絞り出すように発声しようとするが、北斗とサジにはただ奇妙な発声法にしか聞こえず戸惑うばかりだ。


優が北斗達の手を振り払って光輝処へ向かおうとした時…



「あれ、何でお前らもいるんだ?」

不思議そうな顔をした朝陽と陸のコンビが現れた。

ぐったりとした光輝が、朝陽の背中におぶわれている。


「っ…あっ…」

声にならない声で優が光輝に駆けつけた。

ボロボロと泣いて。


「俺ら光輝の事見つけたんだ。優泣くなー、もう大丈夫だから」

朝陽がそう諭す。そしてはっきりと迷いなく決断した。


「大人に知らせる。山狩りの事なんて後だ後!」




「山狩りの事なんて後だ、後…」

広央がそう微かに呟いた事に気が付いたのは、和希だけだった。

皆の目にはただ広央がぼんやり虚空を眺めているようにしか見えない。



後にこの出来事は不思議な情感をもって、朝陽達が口々に語った。

まるで1本の線に繋がれたかのように、完全に行動と思考が一致して優と光輝を救ったのだと…

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