第38話 和希の暴言


捕虜メンバーが肩身が狭そうに、事の成り行きを見守っている。


どうやら早鷹組捕虜たちは5人バラバラになって、それぞれテントの奥の方に寝かされていたらしい。

もちろんそれぞれのテントの入り口に小枝トラップを仕込まれて。


ペタっと赤い札が優の背中に張られた。

捕虜の印だ。


それでも一言も発しない優を、和希がじっと見つめる。


そして言い放った。

「お前。なんでしゃべんないの?」


全員がぎょっとした。


優は無口、というより全く喋らない。


咽喉や声帯に問題があるわけではない。

しゃべるのは相対する人が1人か2人の少人数で、しかも屋内の時に限る。

外で、それも大勢がいる前ではまず言葉を発しない。

皆も優はそういう子だと受け入れている。

あえて言わないのが仲間内ルールになっていたのだ。


優はやはり何も答えず和希の顔を見た。

夜の闇のなかでも白い肌と髪は目立つ。そしてその綺麗な顔立ちも。

彼は何か不思議なものでも見るように、色素の薄い目をじっと見つめた。


その途端、和希が弾かれるように叫んだ。

「何見てんだよ!気持ち悪いんだよお前、何にもしゃべんねーで!どっか変なんだろ!!」


「和希!!」

ユキが怒気を込めて鋭く叫んだ。

けれど和希の暴言に一瞬で両陣営に火花が散る。


捕虜メンバーが和希に食ってかかり、それに荒鷲組が応戦した。

お互い売り言葉に買い言葉で段々ヒートアップしてくる。


「捕虜のくせにうっせーんだよ!!」

「優に謝れ!!」


元々敵味方に分かれての競争なので、お互いに対して敵愾心がでてくるのだ。



「静かにしろ!みんな黙れ!」



腹に響く声で、ユキが怒鳴る。

空気が一瞬で変わって皆一斉に黙った。

年下の子らは思わずうつむいて、そっとユキの顔色を伺う。


それでも空気を読まず和希の暴言は続く。

「お前なんで一人で来たんだよ?何の役にも立たないのに!」



優は不思議に感じていた。

彼は自分が話せない分、人の発する言葉には敏感だ。

声音の高低と表情、微細に観察すればそれが本心からの言葉か上っ面の言葉なのかがわかるのだ。

和希は本心からは言ってない。



「あ、あそこ!」

その時荒鷲組の一人が叫んだ。

見ると少し離れた場所にあの鹿がいた。

優も思わず振り返った。

鹿は相変わらず神秘的な雰囲気を纏って、そこに佇んでいる。


この突然の闖入者に、さっきまでの喧嘩が止んで皆が一斉に注目した。


「おい、近付くな」

ユキがメンバーの襟をひっつかんで止めた。

「野生の動物は危険だぞ、角で襲ってくることもある」


その言葉に一同ちょっと怖気づく。

しかし和希は一人スタスタと鹿に近付いていった…



◇◇◇


場面変わってチーム早鷹。

広央は大変焦っていた。


辺り一帯を探せど探せど、優の姿が一向に見当たらない。


「どこに行ったんだ?あいつ…」

「小便とか?」

「それで迷ったんじゃないか?」

皆が口々に予想と不安を述べている中、広央は万が一の時用のスマホの画面を見つめていた。


遭難や転落や怪我などの不測の事態が起き、子供だけでは対処出来なくなった時にリーダーが責任をもって大人に連絡を取らなければならない。

そして助けを求めた時点でゲームアウト。

そのチームは途中棄権となるのだ。


これまでの山狩りで、途中リタイアが出たのはただ1度きりだったと聞く。

しかもそれはメンバーの一人が急性盲腸になったのが原因で、人為的なミスではない。


『連絡しないと、早く。優がこれ以上迷わないうちに…取り返しのつかない事になる前に…!』


広央はアプリをタップしようとしたが、ある考えが脳裏をよぎり手を止めた。


『ここで連絡したらチームは失格だ。きっと…父さんは俺にうんざりする』


彼はスタート時の父を思い出した。


後ろ姿しか思い出せなかった。

いつもそうだが自分の方を見てくれないからだ。


救助を呼ぶのが遅れれば遅れるほど状況は悪くなる。

遭難は山で一番恐れるべき事態、そう叩き込まれている。


次の瞬間、広央は決意した。

アプリをタップしようとしたその時…


ボオンという破裂音と、パチパチと勢いよく爆ぜる音。

振り向くと、なんと勢いよく炎が燃え火柱が高く舞い上がっていた。


唖然とする広央にサジが叫ぶ。

「ヒロ兄!これを目印に優が戻ってこれるはず!」


盛大なキャンプファイヤーが煌々と夜を照らしている。


「いやサジ!なんか火が大きすぎ…いや皆待て!そんなどんどん燃やすなあああ…」


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