第37話 夜の騒動


広央が空を見上げると、そこにはぽっかりと月が浮かんでいる。

夜になったのだ。



山狩りは子供ら自身で野営をする。

大人の付き添いなど一切なし。

日頃の訓練で培った知恵と知識で乗り切るのだ。もちろん全ての責任は統率者にあるのだけれど…


広央は思わずため息をついた。

結局あの後、宝につながる追跡サインは見つけられず、やっと見つけたのは数本の木の枝を束ねてテントの形を模した“この先野営地あり”のサインだった。



道を進むと確かにテント数個と食料、炊飯道具が用意されていた。

もう既に空は暮れかけている。

夜の山程危険なものはない、足元が暗くなり距離感と方向感覚が誤作動を起こす。

その挙句分岐での道を間違えたりして、いとも簡単に遭難してしまうのだ。


広央はこれ以上サインは探さず、体力を温存した方がいいと判断した。


そして夜。


『今日一日まるで何もできなかった…それどころか捕虜取りまでされて不利になる一方だ…』

広央は眠れず、ずっと味気ないポリエステル製の天井を見つめていた。


7人になった早鷹組は二組に分かれてそれぞれテントで就寝についている。

広央は優とサジの3人で、川の字になって寝ている形だ。


広央はスタート時の父の姿を思い浮かべていた。

父の後ろ姿、背中を。


『ユキおじさんは言ってた、父さんは俺に期待してるって…ユキおじさんがウソを言うわけがない…だから…』

重くなる瞼と、夢の中に落ちていく感覚を感じながらも彼は思っていた。

『父さんの期待に応えないと…』




「なんだてめえ!!!!」

「ごらあっ!!!!!!!」


うとうとしかけていた広央の耳をつんざく、約2名の雄叫びが外から聞こえて来た。


隣のテントのなかで陸と朝陽が喧嘩を始めているのだった。


これも統率者の責任と、もめる二人を宥めたりすかしたりで貴重な休息時間を削り、最終的に何とか二人を和解と抱擁にもっていった。

そしてやれやれと自分のテントに戻ったが…


「あれ、優は?」

広央は思わずテント内を見渡した。

狭いテントだ、見落とすわけもない。


「俺がテント出た時、まだ寝てたんだけど…」

サジも不思議そうに中を見渡す。


用を足しにでも行ったか、と辺りを探し廻ったがどこにも見当たらない。

「おーい優!!どこ行ったああ!?」

広央がまたもや涙目で叫んだ。


皆で優を探したが、どこにも姿が見当たらず必死の捜索がはじまった。



◇◇◇


時刻を遡ること数十分前。

陸と朝陽の喧嘩の声に、熟睡していた優も流石に目をさました。

のっそりとテントを這い出ると、広央を中心に皆がわいわいと2人を宥めたりすかしたりしている。


その時、僅かだが何かの気配を感じた。

後ろに目をやると、なんと野生の鹿がいた。

まだ身体が小さい、艶のある毛並みと漆黒の双眸が若々しかった。


近付いてみると鹿は逃げずにじっと優の方を見つめた。


『なんて神秘的なんだ!まるで妖獣みたい!』

優はこう叫びたかった。

けれど皆は喧嘩の仲裁に夢中で、そして彼は伝達手段がない。


そのうち鹿はくるりと向きを変えて去っていく。

『待って…!』優は思わず後をついて行った。


野生の鹿はするりするりと、音もなく跳ねて道を進んでいく。

どれくらいの時間ついていったのか、優がふと後ろを振り返ると皆の姿が見当たらない。

自分が全く見当もつかない場所に来てしまった事に気付いた。


完全に迷子だ。


その時明かりが見えた。

聞き覚えのある声がした、なんとそこはユキ達がテントを張っている陣営だった。


早鷹組と同じようにテントが張られその中の一つだけ、ランタンの明かりが灯っている。

明かりを警戒したのか鹿はぴたっと歩みを止めた。


優は木の陰に隠れて様子を伺ったが、はたと気づいた。

『そうだ!捕虜のメンバーは?連れて帰ればいいんだ!』


その時、一つだけ灯っていたランタンが消され、辺りは闇に包まれた。

荒鷲組はメンバーが13名、テントは4つ

『どのテントにいるんだ…?』

目が慣れてきた優は、木陰から歩み出た。


捉えられた捕虜を救出するルールはたった一つだけ。

敵側のメンバーに気付かれずにそっと連れ出せればOKなのだ。

『もう少しすればみんな寝静まる、その隙に全員連れ出せばいいんだ』


優はもうしばらく待つ事にした。

静かな夜で虫の鳴き声しか聞こえない。

足元を藪蚊がブウンブウンと飛び回っているが今は我慢だ。

鹿は逃げもせず辺りをウロウロとしている。


どれくらい経っただろうか。

皆寝入ったのか、どのテントからも話し声一つ聞こえない。


優は決意を固めると、そろりそろりと足音に気を付けながら一つのテントに近付いた。そして入口のファスナーに手をかけそーっと開けた。


テントの中は当然真っ暗、かろうじて4人が寝袋に包まってるのが判別できる。

顔を見ようとテントに足を一歩踏み入れたその時。


パキパキパキポキっと小気味のいい音が優の足元から響いた。

『あっなんかワナだ…!』

そう思った瞬間、テント内のメンバーが目を覚ました。


「誰だ!?あーっ、優じゃん!!」

「なんでここにいんだよ!?」


騒ぎを聞きつけた他の荒鷲メンバーも起きて駆け付け、暗闇が急に複数のランタンの光で照らされた。


「テントの入り口のとこに木の枝や木の実の殻を仕込んでおいた。捕虜が逃げ出そうとしたら気付けるようにな」


新たな捕虜を前にユキがそう告げる。


引き据えられた優は、その簡単な罠に自分があっさりと引っかかってしまった事を悟った。

早鷹組のメンバーを助けるどころか自分自身が捕虜の一員になってしまったのだ。


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