第34話 大いなる誤算


「はあああ…こんなハズじゃ…」


広央はため息をついた。

既に時刻は正午近くをまわっていたが、第一ヒントにすら辿りつけてない。

頭上は鬱蒼と茂った木々に囲まれている。

昼なのに暗いほどだ。


無意識のうちにポケットのスマホを触ろうとして、慌てて手を引っ込めた。

山狩りの最中は原則スマホの使用は厳禁。

万が一に備えてリーダーのみが所持する。

使用していいのは緊急事態の時のみで、それ以外で使用したら失格負け。



「ヒロ兄、お腹すいた~」「ヒロ兄、光輝がいない!」「ヒロ兄、オヤツ食べていい?」


「あ~もうお前らあ!勝手に行動すんな、いったん集まれ、こらケンカすんな!」

早鷹組はリーダーの広央を含めて全部で12名。

下は8歳からで、一番年上はもちろん12歳の広央だ。

これから明日の正午まで隊を率いて行くわけだが、出発早々トラブルが続出していた。


まず9歳の光輝がお腹が痛いと言い出ししばし休憩。

同じく9歳の優は普段から石の如く無口で、ただ静かに皆の後を付いてきている…と思っていたらいつの間にかいない!

探し回ること小一時間、スタート地点の近くで迷子になっていたのを無事発見。

ホッとしたのも束の間、11歳コンビの陸と朝陽が「どっちの背が高いか」を巡って大喧嘩。


いったん小休憩タイムをとったのだが、これまたアブに刺された、蛇が出たと言っては騒ぎ、都度都度「リーダー、塗り薬!手当して!」「リーダー、蛇怖い!追っ払って!」「リーダー、リーダー!」と振り回される。


『俺これ、リーダーじゃなくて単なる保父さんじゃん…』

その事実に広央が気付く。


そんなこんなで休憩だか遊びだか分からないタイムが続き、広央も疲れて一旦道端に座り込む。

そして昨日までの情報収集の労力は一体何だったんだと思い始めた。



ー前日の子供部屋ー

サジの掴んだ情報から、今年の山狩りの探し出すべく宝は“ヒト”だと分かった。

となると残る疑問が一つ、誰がその“宝”の役を務めるのか?


神之島には二つの山がある。


中腹に総代エリアのある山を父山、父山に連なる少し標高の低い山を母山。

波兎組の訓練や宝探しは、そのうちの母山の方で行われる。

通常、宝は箱に入れられ、子供たちに探してもらうのを1日半待つ。


「待てよ、じゃあ“宝役”の奴は、1日半ずっと母山のどっかに隠れてんのか?テントでも張って?」

広央がもっともな疑問を呈した。


「うーん、でもさ…それしかないよね?」

サジが応じる。


「どっちにしろ誰がその宝役か、先に知ってた方が絶対有利だろ!よし、サジ!徹底的にリサーチするぞ!」


イサはいつの間にか部屋の隅っこで丸くなってお昼寝している。

広央とサジは島中の大人たちに出来うる限りのリサーチをかけるべく、勢いよく玄関を後にした。


リサーチは多岐にわたった。

猪狩隊の面々はもちろんの事、島の互助会、ご隠居部会、婦人部の面々、移住者何でも相談事務室。

ついでに島で唯一のホームレスのおっちゃんにまで。


それとな~く明日から明後日のスケジュールを聞いてみたり、時にカマをかけてみたりと、とにかく当たれるだけ当たる地味な絨毯爆撃作戦。


誤爆もあった。婦人部会代表、藤子(通称:未来予想図のお藤)

このお藤、やたらめったらネガティブで口癖が「もうこの世はおしまいだ!」


まだそれほどのトシでも無いのだが、とにもかくにも将来&未来が不安で不安で堪らないらしく、口を開けば「病気になったらどうしよう、将来呆けたらどうしよう、この世はもう終わりだ、滅びる!」とのたまう。


彼女の描く未来予想図が余りにもダークモードなので、その瘴気に当てられまいとして人々は彼女を避ける。


このダーク未来予想図妖怪に、愚かにもサジが突っ込んでしまった。

おかげで広央とサジは「お前ら将来どうするんだ!世の中どんどん悪くなってるんだよ!」の波状攻撃を真正面から受け、かなりの霊力を消耗する羽目になった。


その後ふたりで海側から街側まで島中を駆け巡るも、目ぼしい情報は無し。

夕方近くになって一旦は諦め、当日の早朝から情報収集作戦を再開。

しかし相変わらず何の手掛かりもなく、そろそろ開始時刻が迫ってきた。


街はそろそろ賑やかな時間になってきた。商店街の中をとぼとぼと歩きながら『結局なんの手がかりも無しか…いっそ逃げたい…』と広央が完全に弱気になっていたまさにその時。



「ちょっと、どんちゃん。なに宝探しとか言ってんのよ?」

「いやだから、宝探しじゃなくて、おれが宝なの!」


以上の会話が広央たちの真後ろから聞こえてきた。

パン屋の店先で店長と、どんちゃん(ホームレスの名前)が何やら話している。

どんちゃんは古くなったパンを貰ったりして、店長の世話になっているのだ。


「まったく、またおかしな事言って!」

「いやだからさ、おれが宝になるんだってば、宝に。頼まれたんだってば」


周囲の誰もが何の興味ももたず通り過ぎる中、聞き耳を立てている子供が2人。


「聞いたかサジ?」

「ウン」

「これは…」



「決まりだ~~!!」

と、2人してはしゃぐ。

なんせ山狩り開始前に、宝の正体が分かったのだ。


「ぜってーそうじゃん!!もう間違いねーよ!あのおっちゃんにキヨおじさんが頼んだんだ!」

「やったよヒロ兄!俺らの組が絶対有利じゃん!」

「やっべ、サジ、もうスタート時間になる!走るぞ!」


こうして2人は狂喜してスタート地点の一の宮神社に向かった…ので、どんちゃんと店長の以下の会話を全く聞いていなかった。


「だからどんちゃん。いい加減に一回病院に行こうよ、あたしが連れてってあげるから」

「いやウソじゃねえよ、ホントなんだよ。宇宙から交信きて“お前が宇宙の宝となれ”って言われたんだよ」


そうしてどんちゃんは、何やら奇声を発しながら、五体投地とヨガを組み合わせたような奇妙な動きを、店先の前で披露し始めた。


「この前は神様のお告げがあって、菩薩になるための修業を始めたとか言ってたじゃない。そっちの方はどうなったのよ…まったく」



◇◇◇


そんな訳で、広央とサジは開始時刻ギリギリになって境内に滑り込んだのだった。


「ヒロちゃん!」

婦人部の群れからイサが飛び出て広央に抱きついた。


「ヒロちゃんどこいってたの?なんで来るのおそくなったの?」

「ああ、俺はリーダーだからね、皆のためにギリギリまで粘ってたんだ!」

(早鷹組の面々からは大ブーイングだ)


「ヒロちゃんこれから山に入るんだよね?明日まで帰ってこないんでしょ?」

イサが小さな手で、広央のTシャツの裾をしっかりと握りしめながら聞いた。色素の薄い目がじっと広央を見つめる。


「うん、そうだよ。イサはその間ちゃんと宿題やっててな…約束だぞ」

そう言いながら少し屈んで、イサの頭をなでた。白い髪はふわふわして柔らかかった。


「うん、イサがんばって宿題やるから…」

小さな声でそう答える。



“あの子、ほら、ちょっとアレよ…”


二人の耳に周りの大人たちがひそひそ噂する声が伝わってきた。

…あの子勉強が殆どできないらしいわよ、普通じゃない…頭の弱い子… 


イサは大人の空気を敏感に察知し怯え、広央にぎゅっと抱きついた。


その2人の様子を、少し離れたところで和希がじっと見ていた。

綺麗な顔が段々と険しい表情になっていく。



「イサ、その代わり俺も約束するから。俺はユキ達に勝つ、絶対先に高宮神社にゴールするから」


宝を探し出した後、最終的に父山の頂上にある高宮神社に先についた組が勝ちとなる。

そこで総代を始めとする島の人間が総出で勝者を出迎える。

山狩り最大の見せ場、クライマックスシーン。


「高宮神社で会おうな!」

笑顔で広央が言うと、イサの顔がぱっと輝いた。


「たかみや神社って、けっこん式あげたりもするんだよね?」

「うん、そうだよ。父さんと母さんもあそこで挙げたんだ。総代はずっと昔から、高宮神社で結婚式を挙げる習わしなんだ」


その時和希が猪の如く猛進し、二人の間に割って入った。

「ヒロ兄!もう宝の発表だから!ほら早く!!」

そう鼻息荒く叫んで、広央をぐいぐいと引っ張って行く。


イサは一人、広央の後ろ姿を見送った。



「それでは発表するぞ!今回探し出す宝は…」


境内の中央に集められた子供らは、清治の凛とした声に息を呑んだ。

広央とサジは互いに訳知り顔で目を交した。


「“死人”だ!」


シ……ン……と境内が静かになった、意外すぎる今回の宝に、みな困惑したからだ。


広央の心中など知る由もない清治は、声高らかに指示を与える。

「今回の山狩りで探し出す宝は“死人”だ!それでは第一のヒントを与えるぞ!」





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