第32話 【山狩り編】競い合う少年たち
突き抜けるような快晴だ。
ツバメ達も自由に飛び交っている。
父山の麓にある一の宮神社の境内には、早くも子供らが集まってきていた。
どの顔にも緊張の表情が浮かんでいる。
まだ始まる前だというのに、子供らは既に早鷹組と荒鷲組に自主的に分かれ、お互いの敵対意識をバチバチと戦わせている。
荒鷲組のリーダーのユキは、とっくに境内に到着していた。
そして周りを見渡しながら「アイツおっせーな…」と呟いた。
婦人部のメンバーやら、我が子の見送りに来ている母親らで境内はごった返しているのだが、肝心の敵方のリーダー、広央が来ていないのだ。
「お前らんとこのリーダー、逃げたんじゃね?」
「そんなワケねーだろ!」
「じゃ、なんで来ねーんだよ??」
それぞれの組の子供らの小競り合いが始まった。
「ユキ兄、ヒロ兄と一緒に来なかったの?」
和希が境内を見渡しながら、心配そうに聞いた。
「いや、あいつ先に家出たんだよ。用があるとかって」
「俺、探してくる!」
駆け出そうとする和希を「お前は
その時、社務所の縁側で婦人部の女性たちが集まり、円座になって何やらわいわい騒ぎ始めた。どうやら酒盛りが始まったらしい。
輪の中心でひときわ高い声で笑っているのは、ユキの母親の小春だ。
「げ、うちのババアじゃん…」
ユキが顔をしかめた。
小春はユキの存在に気付いて、ビール瓶を片手に近付いてきた。
足早にその場を去ろうとするユキを、追いかける母親。
しまいには追いかけっこになった。
「ちょっともお!逃げることないでしょうが!」
小春が追いついてユキにゲンコツをくらわせた。
「うわ、酒くせえんだよ、ババア!」
「うっさいわね、あたしらがあんたたちのために必死で料理の用意とかしてんでしょう!ちょっとくらいお酒入れないとやってらんないの!」
「清香おばさんはいねーの?」
周りを見廻しながらユキが聞いた。
「来てないわよ…」小春が小声で答え、またビールをぐいっとあおる。
先祖代々からの島の人間で、しかも総代の妻である清香は本来こういった島の行事では中心になるべき人物だった。けれども彼女は島の集まりには徹底的に不参加を貫いていて、半ばその存在を忘れられている。そして共同体の仕事を放棄する者は厭われる。
代わりに中心になって立ち働き、いつも婦人部をまとめているのは小春の方だった。人の倍も働き、総代の妻として役割を果たさない清香を風当りから守るかのようだった。
清香にとっても、小春は共同体と自分をつなぐ唯一の存在だった。
「ねえ小春おばさん!ヒロ兄見なかった!?まだ来てないんだけど!」
二人に追いついた和希が勢い込んで尋ねる。
「え!?ヒロ来てないの!?」
小春は不審の声を上げた。
「そうなんだ。何処にいんだろ、ヒロ兄…」
皆の心配をよそに、当の広央は今だに境内に現れない。
現在午前9時56分。
さすがに子供らだけでなく境内に集まっている大人たち(婦人部、青年部、猪狩隊の面々、長老部会)もザワついてきた。
なんせ山狩りスタートは午前10時からだ。
片方のリーダーが来ないとあっては、始まるものも始まらない。
しかも“総代の息子”が島の伝統行事から逃げ出すなど前代未聞だ。
指令と号令を出す役目の猪狩隊隊長、清治は腕時計を見た。
スタート時刻はあと3分。
和希が清治の元に駆け付けた。
「ね、キヨおじさん。ヒロ兄来なかったらどうなるの…?」
「当然失格だ」
答えは冷厳としていた。
ユキには内緒で、和希が広央を探しに行く決心をしたその時。
本日のもう一人の主役、早鷹組のリーダー広央が現れた。
傍らにはサジがいる。
「ヒロ兄!よかった!」
和希は心底ほっとして広央の所に駆け寄った。
同時にサジを思いっきり睨みつけた。(どこ行ってた!ちゃんとヒロ兄をサポートしなきゃダメだろ!)の非難の意味をこめて。
サジはどこ吹く風、の余裕の表情だ。
早鷹組のメンバーもやっとリーダーが現れたことに安堵して、広央の元に集まった。
「どこ行ってたんだよ!?」「もう少しで失格になるとこだったんだぞ!!」「デコピンだデコピン!!」
リーダーに対して年下メンバーからも非難轟轟だ。
「てめ、逃げたかと思ったぞ、ヒロ」
「そーだそーだ、びびったんだろ!」
ユキと荒鷲組の面々が挑発してくる。
既に荒鷲組VS早鷹組の戦いが始まっているのだ。
周りの大人たちも、広央が定刻前にちゃんと現れたことにほっと一息ついた。
そして改めてこの総代の息子に注目した。
混み合う境内の中、広央は自分を刺すような視線をひしひしと感じた。
周囲の風景がぐるぐる混ざって、廻っている。
大人たちの囁き声やら、荒鷲組と早鷹組の面々の話し声やら喧嘩口調やらがとめどなく耳に流れ込んでくる。
廻っている景色の中に、母はいつも通りいない。
小春おばさんは酔っぱらっている。
キヨおじさんは今日は家でのおじさんじゃない、“猪狩隊隊長”だ。
ユキはこれから明日の正午まで敵になる。
和希もだ。
いつもの味方が今日はいない。
その時、騒がしかった境内が水を打ったようにシンとなった。
一瞬にして場の空気が変わった。
総代だ。
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