第30話 前哨戦

「ヒロ兄!明日だよね“山狩り”!」


夏の強い日差しが降り注ぐ中、和希が勢いよく庭のガラス戸から駆け込んできた。

が、そこには肝心の広央がいない。

「あれ…いないのかなってっ…うわああ!」


和希が思わず悲鳴を上げた。

髪にタオルを巻きつけ、全身から湯気を立たせた丸裸の小春が出てきたのだ。


「何叫んでんのよ、バケモンじゃないわよ!」

小春は一向に平気なもので、タオルでがしがしと身体を拭き始める。


「え…小春おばさん、服着てよ。なんかすっごい気持ち悪い…」

和希が引き気味に答える。


「気持ち悪いとか抜かすな!てかあんた、部屋の中では帽子取りなさい!」


小春の圧力には勝てず、渋々ながら和希はいつもの黒いスポーツキャップを脱いだ。


キャップの下から、伸ばした髪がこぼれ落ちる。

流麗な瞳と端正な鼻梁。

優美な頬が露になる。


そして肌も髪も睫毛も漂白されたように白い。

オメガの美少年だ。


和希はまだ9歳だが既に“可愛い”ではなく“綺麗”だった。

道行く人が振り返るほどの綺麗さなのだ。

何しろ人目を引く。

和希が常に帽子を目深にかぶるようになったのは、そんな理由があった。


「いい顔してんだから、隠すことないでしょうに」

小春が服を着ながら、ちょっと揶揄う様に言う。


「隠してなんかないよ!それよりさ、ヒロ兄はどこいったの?」


「ヒロちゃん外に出かけた。じょうほうしゅうしゅうだって言ってた…」

子供部屋から出てきたイサが、たどたどしく告げる。

そして何か不思議なものを見るような目で、和希の事を見た。


学校や遊び仲間の中に、オメガの子はいない。イサにとって和希は唯一“同じオメガの子”だった。

自分がそうであるのに白い肌と髪はやはり珍しいのか、じっと見つめる。



「なんだよ、見んなよ!」

視線に気づいた和希が、声を荒げる。


「こら、女の子にそんな言い方しないの!仲良くしなさいよ。あんたたち同じオメガの子同士じゃない。」


和希は顔を真っ赤にして叫んだ。

「違う!ぜんぜん同じじゃないから!俺男だし、昔っからの島の子だけど、イサは島外ヨソもんだから!」

和希にしてみれば自分はれっきとした先祖代々からの島の子、イサはどこからか流れてきたよそ者だ。

しかもイサは女の子。

それをオメガというだけで、同じ一括りにされてしまうのは堪らない屈辱だった。


一方、和希の言葉に怯えたイサは子供部屋へと逃げ込んでしまった。


その時、玄関の扉をガラガラ開けて広央が帰ってきた。

「ただいまー、なんだよ和希、なに大声出してんだ ?」


声を聞きつけたイサは、真っ先に広央の元に駆け付ける。

「おかえりーヒロちゃん」

自分の唯一の庇護者に抱き着く。

「ただいまイサ。ちゃんと宿題してたか?」

広央も嬉しそうに、イサの髪を撫でた。



「ヒロ兄!明日から山狩りだよねっ!!」

和希がそんな二人の間に割って入って、むきになって二人を引き剝がそうとした。

イサは広央の服の裾をがっちりつかんで離さない。

和希がその手を無理やりはぎ取ろうとする。


「こら和希、やめろって!」

広央にそう叱られ和希はしゅんとなった。



「あれっなんで和希いるんだよー?」

またもやガラス戸から闖入してきた人物がいた。

和希の一つ年上で、三治ことサジと呼ばれている子だ。


モバイルPCを小脇に抱えたサジは、これまた当たり前のようにガラス戸から上がってくる。


「へっへー、俺いい情報持ってきたよ」

PCを掲げながら得意そうに言う。

「おおっホントかサジ!」

広央が嬉しそうに叫んだ。


「何だよ、情報って。ズルは無しだろ!」

和希が不服そうに言うと、サジは「お前はだから関係ないだろ!」とぴしゃり言い放つ。

その言葉に一瞬和希が怯んで、そして助けを求めるように広央の方を見た。


「和希はユキの組だもんな…」

広央が残念そうにそう言った。

けれど吹っ切るように、和希に宣言する。

「明日は手加減しないからな、ユキにもそう言っといてな!じゃ、これから作戦会議だから!」

そうして広央とサジ(イサもついて行った)は、和希を残して子供部屋へと退散してしまった。


取り残された“敵”の和希は、しばらく部屋に佇んでいた。

帽子のつばをぐっと引き下げたのは、小春に落ち込んだ顔を見られたくなかったからだ。

ユキが帰ってくるの待ってたら?という小春に“もう帰る”と小さな声で呟いて、彼はその場を立ち去った。

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