第28話 面会
広く古い和室の応接間。
畳の上には年代物の絨毯が敷かれている。
欄間には透かし彫りが施され、古びた襖には古風な山水画が描かれている。
けれどそれ以外に装飾品はなく、全体的に簡素な感じがする。
父子の対面はいつもこの部屋で行われていた。
部屋の真ん中に大きな黒檀の座卓が置かれ、そのうしろに革張りの重々しいソファが置かれている。
広央とユキが部屋に入ると、総代である父親はすでにそのソファに鎮座していた。
父親の正面に引き据えられる形で、広央は座卓の前に座った。
広央は無意識にも正座して、ユキは決まってあぐらだった。
部屋には雪見障子のガラス部分から庭の光が入ってくる。
その仄かな外光を浴びながら、総代がじっと広央を見据えていた。
総代…広央の父親であるこの人物はまだ30代であるにも関わらず、一種の老成した雰囲気を持っていた。
眼光が鋭く、人と相対する時は決して視線を逸らさないで話す。大抵の人間はその目にひれ伏したくなるような威圧感を感じるのだった。引き締まった体つきは冷徹な精神と頭脳がそのまま表に現れているかのようだ。
広央は父のこの視線が大の苦手だった。
どう見ても父親が我が子を見る目というよりは部下を厳しく査定評価する目で、ただただ広央を委縮させた。
「神之島の現在の人口は?」
張りつめていた空気が父の発声によって破られた。
始まったのだ、試問が。
「あっ、げ、現時点で12,708人!」
広央は慌てて答えた。
「島議会の議員数とその構成は?」
「議員数は12人。広報、産業、総務、教育、民生それぞれの委員に分かれていて、議会委員長は任期3年で、合議によって選ばれる」
「有事の際の権限規定は?」
「総代が、議会の承認を経ず権限を遂行できて…」
「違う、現場指揮官が躊躇なく裁断可能となる、だ!」
父のどっしりした声がお腹に響き、広央はその中に微かな苛立ちが混じっているのを感じ取った。
彼は上ずった声での返事を隣にいるユキに聞かれたことが恥じ、何よりも父親の前でいつも自然に振舞えない自分を恥じていた。
“ビビってんだろ”
広央は最前、ユキに言われたことを思い出した。
ふと隣を見ると、ユキはのんびり胡坐をかいて緊張感など微塵もない。
広央には不思議で仕方なかった。
(なぜ?なんで?ユキは怖くないのか…?)
「近頃島外のすぐ近くの港湾地区で、反グレ集団が大きくなってきている。島にとっても港街にとっても脅威だ。お前ならどう対処する?」
父の試問は続く。
神之島は流れ者を鷹揚に受け入れてきた。
それがこの島の伝統だからだ。
しかし近年、殺人や強盗、薬物の売人などといった招かれざる客は治安のため排除するようになった。
島近くの港湾地区が、彼らのような人間の吹き溜まりとなっている。
彼らはドラッグの売買や売春が主な資金源で、グループ同士の抗争も年々激しくなり港街の治安が近年急速に悪化しスラムと化していた。
「えっ…と……」
広央もその状況は知っていた。
島の外に出るとき、決してその地域は行くなと言われていた。
最近では家出少女が標的にされて、無理やり売春させられるような事件も多発している。
広央には問いに対するある一つの答えがあった。
けれどそれは余りに突飛な非現実的な方途のように思われて、父に告げるのを躊躇ったのだ。
沈黙が長引いた。
(ヤバい…何か言わないと…でも言ったら言ったでもっと怒らせるかも…くだらないって…)
父親の不機嫌が伝わってきて、広央の焦燥感は頂点に達した。
けれど焦れば焦るほど、喉の奥がズキズキして何も言えなくなってしまうのだ。
どれくらいの時間が経ったのか。広央には永久とも思える時間で、既に言葉を発する機会は逸していた。
沈黙に終止符を打ったのは父の乾いた声だった。
「お前は何か聞かれたら、いつもそうやって黙ってるのか?」
最後通告のように広央には感られた。
その後総代は広央に見切りをつけたかのように、ユキに近況を尋ね始めた。
(父さんは俺を嫌ってる)
広央はそうはっきりと感じた。
一方ユキは一切臆することなく、総代の質問に時折笑いながら答えている。
結局広央の心に強く残ったのは、ユキと話す時の父の楽しそうな顔と、自分と話すときはそれと正反対な父の顔だった。
こうして面会は終了した。
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