第27話 総代屋敷にて
広央とユキは、山の中腹にある総代エリアに到着した。
厳めしい門構えの家々が立ち並び、時代がかった重々しい雰囲気の
どの家の建具も真っ黒に近い飴色に変色していて、過ぎ去った年月の重みを感じさせる。
ところどころ庭に蔵が建っている家もある。
重厚な造りの蔵は頑丈な鍵が掛けられていて、中を覗いてみた人間が果たしているのかどうか。
まるで時代を封印しているかのようだ。
藁ぶき屋根の家屋もいくつか残されていて、この島の歴史が、その苔の混じった藁の厚みに凝縮されている。
広央とユキが見知った道を歩いていくと、より一層厳めしい二階建ての大きな日本家屋が見えてきた。
ここが広央の父が住まう、総代屋敷だった。
鈍色の瓦屋根が建物に重くのしかかり、玄関のガラス戸から家の中を除くと、暗く重たい空気が見える。
とっとと入ろうとするユキを、広央が押し留める。
「いつまでもここにいてしょうがないだろ!」
ユキがガラス戸の玄関を開けようとすると、すかさずその手を広央がはっしと止める。
「わかってるって!そんな急がなくてもいいじゃん!」
玄関の前で2人が悶着していると、カラカラと音を立ててガラス戸が開いた。
「何をしてるんだ、お前らは?」
「父さん!」
「キヨおじさん!」
広央とユキが同時に叫んだ。
2人は島の防衛と治安を司る、この猪狩隊の隊長を見上げた。
清治は先祖代々の島の人間であり、現総代と共にこの島で共に育った仲だ。
齢は総代より2つほど上。
皆からの信頼が厚く、総代にとって片腕的な存在。
広央にとっても、アウェーの中の頼もしい味方のような存在だった。
彼にとってこの屋敷はどうにも居心地が悪い。
お手伝いさんや庭仕事等の雑用をする年寄りがいたけれど、いつもよそ者を見る目つきだ。
「来てたのか、父さんが待ってるぞ」
笑みを浮かべながら、そう広央に問いかける。
島の子供たちからは、キヨおじさんと慕われる。
背が高くがっしりとした体格で、いつも穏やかな雰囲気を纏っていて。
笑うと目がなくなる。
その表情がいつも広央を安心させた。
ユキも父親の前では少々甘えたになる。
「父さん今度カワハギ釣りに行こうよ。あ、ヒロは船酔いすっから無理だよな~」
「うるせーぞユキ!俺だって本当は乗れるんだよ!酔い止め10錠くらい飲めばなっ」
そんな言い合いをしながら、なおも中に入ろうとしない広央に清治が尋ねる。
「何をそんなに緊張している?お前の父さんだぞ」
そう言われた途端、広央の表情が曇る。
「だってさ…」
「しっかりしろヒロ、お前は総代と同じアルファの雄だぞ」
目を細めた清治の顔は、慈しみがあったのだけれども。
広央は複雑な感情でその言葉を飲み込んだ。
『アルファの雄…』
結局、清治に諭されユキと共に、広央はしぶしぶ屋敷の中に入っていった。
玄関の灰色のたたきはひんやりとしていて、上がり框は古い家屋によくあることだが妙に高さがある。
日本家屋特有の仄暗さのある家の中、長い廊下を黙々と歩きながら、広央は頭の中で先ほど言われた言葉を考え続けていた。
『ヒトには種別がある。アルファ・ベータ・オメガ、ヒトはこの3種のうちのどれかだって…。この前母さんたちが話してたな、昔は検査技術が未発達で生まれてから種別を判断するのに1週間くらいかかった。でも今は遺伝子検査とかでその日のうちにわかる。俺がアルファだって分かったとき、島の皆がお祝いに駆け付けた。めでたいからって…』
廊下はつるつるに磨かれていて、まるで鏡のようだ。
広央は父との対面が近づいてくるにつれ、いやな緊張感がこみ上げてくるのを必死に抑えた。
そして先程から、頭に浮かんでは消えする考えを反芻していた。
人々は親たちの会話から、テレビや漫画やネットから、如何わしい広告から。
子供の頃からこと種別に関しては洪水のように情報を浴びる、そしてそれ故に偏見が形成されていくのも早い。
広央も例外ではない。
情報とそれによる刷り込みとを、日々受け続けている。
彼にとって辛いのはそれらがユキやキヨおじさん、そして母達と自分とを隔ててしまう事だった。
アルファである自分。
ベータの皆とは違う自分。
広央にとって、みんなと自分との間にある見えない壁だ。
優秀なアルファ、特別なアルファ、恵まれているアルファ。
妬まれて、憎まれて、疎まれもする。
でも反論は許されない、だって“恵まれている特別な種”なんだからと。
『俺も皆と…ユキやキヨおじさんと同じ、ベータだったら良かったのにな…』
これが、広央が先程から何度も頭の中で反芻している考えだった。
もちろん、これから会う父親には口が裂けても言えない、
父に言うことなど、広央には恐ろしくて想像すらできなかった。
『言ったら…父さんは俺の事をますます嫌いになるだろうな…』
広央の視線は知らず知らずのうちに俯きがちになっていった。
視界には廊下の木目しか映らない。
そうして廊下をキシキシと踏みしめながら進んだ先に、彼にとってはこの世で最も辛い場所、父親の待つ応接室があった。
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