第26話 普通の家族
父親と広央の面会日…
曜日が決まっているわけでもない。
月に何回、週に何回と規則や法則が決まっているわけでもない。
ただ父から“来い”と母に連絡が入り、広央は山中の総代屋敷に住まう父へと会いに行かされる。
そして行かなくてはならないのが絶対の決まりである。
あまりにも広央が行き渋るので、母親たちの勘案で途中からユキも同行させられる事になり、ユキも渋々それに従った。
子供は親の決め事には逆らえないものだ。
面会日は学校のない土曜日か日曜日にいつも設定された。
それが広央には大層辛かった。
同い年の子がめいめい海に行ったり遊びに行ったり、親が許す範囲内ではあるが好きに過ごすのに、自分はつらい義務を果たしに行かなければならない。
“子供はその父親に定期的に会うべきだ”
周りの大人は皆一律に、広央にそう言って
だが広央にとって、山の上の人物が家族の一人だとは、どうしても思えなかった。
彼が物心ついた時から父母は一緒に暮らしておらず、家族は母と小春おばさん、キヨおじさんとユキであり、父は“偶に会いに行かされるよく知らない男の人”でしかなかった。
12歳になった広央には、“父親”が世間的に持つ意味合いも分かってきたし、自分の家族の形態が世間一般とは違う事もおぼろげながら分かってきた。
けれど、広央にはどうしても分からないことがあった。
なぜ重苦しい義務が課されるのか、なぜ周りの大人が自分にその義務を強要するのか。
つまらなそうな態度をとってみては、内心父親に会うことを恐れているのを悟られないようにふるまう。
ユキには見透かされていたが、それが広央にできる精一杯の防御だった。
◇◇◇
総代屋敷へと続く山道の石段は古い。
所々新しく舗装された箇所もあるが、大部分は苔むして欠けて擦り減っていて、さらに小枝やら葉っぱが散らばっているので、まるで自然の一部分のように見える。
ユキは小枝をぽきぽき踏みながら、少し後方から足取り重く登ってくる広央をちらと見た。
『ヒロのやつ、なんつー暗い顔してんだ。お通夜かよ、しっかりしろっつーの。お前はおじさんの跡継いで、総代になるんだろ?』
ユキと広央は、それこそ生まれた時から一緒に育ち、衣食住も分かち合ってきた。
それだけ一緒に過ごすと、どうにも情緒の面で分かち難い繋がりが出てくるらしい。
広央が嬉しい時はユキも嬉しくなるし、落ち込んでいる時は一緒に落ち込む。
それだけに相方の覇気のない、なんとも情けない感情が伝わり、どうにもやり切れない。
「別におじさんそんな怖くねーじゃん、何いっつもビビってんだよ!」
ユキが母親譲りの荒っぽい口調でがなる。
「だから怖がってねーよ別に!」
「嘘つけ、いっつもびびってんじゃんかよ」
「てめー、うっせえ!!」
結局ぎゃあぎゃあと口喧嘩が始まった。
もっとも二人にとっては通常運転、いつも通りの会話みたいなものだったが。
「ユキには分かんねえよ!父さんはいっつも何か俺に怒ってんだよ!」
「怒ってねーよ、おじさんは!ヒロがビビりすぎっからそんな風に感じんだよ!」
その時、二人の頭上を一羽のカモメが飛び去った。
真っ白い両翼。
その白い姿が、自然と広央にイサの事を思い起こさせた。
「…イサ、ちゃんと宿題やってるかな」
「唐突に話変えんじゃねーよ」
けれど広央は、居間のイサの様子を思い出したのだ。
イサは畳に直にノートを置いて、屈みこむようにして宿題をやっていた。
広央が覗くとそこには無残な、ぐちゃぐちゃな字が書いてある。
7歳になったイサは小学校に通い始めたが、勉強の進み具合が恐ろしく悪い。
授業に全然ついていけてないのだ。
母親たちはイサの知恵遅れを疑い始めていた。
将来どうなるの?そういう子の施設に入れるの?
大人たちの交わす残酷な会話に、広央は突き落とされるような恐怖を感じた。
イサを遠いところに追いやろうとする気概が、ひしひしと伝わってくる。
広央はイサがちゃんと宿題をやれば、少しでも問題の解決につながると思ったのだ。
だからイサが「帰ったらいっしょにあそぼ」と言ったとき、「ちゃんと宿題しててな」と返答した。
母の清香はスマホから顔も上げず、いってらっしゃいと素っ気なく言っただけだった。
けれど玄関の外まで見送ってくれたイサは、しばらくして振り返ってみても、まだそこに立っていた。
早く帰ってやらないと…イサの事だからずっと玄関の外で待っていかねない。
広央はやっと歩調を早める気になった。
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