第24話 イサと広央

こうして、イサは殆どの時間を広央の家で過ごすようになった。

いつも広央の傍にいたがって、その後ろをついて回った。


イサは大人には懐かない子供で、広央を自分の唯一の庇護者と思い定めているのか、ただただ広央にだけ甘えた。



数年後、イサの母親が蒸発した。

年下の恋人と一緒に島を出たとの噂だった。


6歳のイサはたった一人、島に取り残された。


とりあえずは広央の家に引き取られることになったイサだが、問題は今後の事だ。


一体誰がこのオメガの子の面倒を見るのか…



ある夜、いつものように広央の家で二家族とイサ(清治は仕事で不在だった)は食事を済ませた。そして母親たちは互いに目配せをして“もう寝なさい”と、子供らを茶の間から締め出した。


ふすまがぴしゃりと閉められた。


広央とユキには分かっていった。

母親たちがイサの今後について、大人だけの話し合いをするつもりなのだ。

子供の生殺与奪の権は何しろ大人が握っている。


隣の部屋から広央とユキがこっそり聞き耳を立てていると、気配に気づいた小春にとっとと寝る!と怒鳴られ容赦なく電気も消されてしまう。


明かりの消された居間は急に暗くなった。夏の宵で、虫の音がやけに明瞭に聞こえてくる。

それでも広央は、明かりの漏れているふすまの僅かな隙間に目を当てて、母親たちの様子を伺った。一言一句聞き漏らすまいと。


イサは部屋の片隅に、膝を抱えて固まっていた。子供心にも自分の置かれた立場が分かっているのだ。

ユキも、隣から漏れてくる母親たちの声にじっと、真剣な顔で耳を傾けている。


「ほんとしょーもない母親!一体どうするの?あの子…」

心底呆れているような、小春の声が聞こえてくる。

「どうするって…本当に困ったわね…」

清香もため息をつきながら言う。


結論の出ない会話が延々続いている。そして清香のこんな台詞が広央の耳に入ってきた。


「やっぱり、施設に預ける…?」 


広央がふすまを跳ね飛ばす勢いで、開け放った。

「イサはうちの子になるんだよね!」


子供は寝てろ!と怒鳴る小春にも怯まず、広央は訴え続けた。


「イサはうちの子になるんだよね!うちの子になるんだよね!!」

必死に大人たちに挑み続ける。



ますます膝をぎゅっと抱えて固まるイサに、ユキがそっと近付き、囁いた。

「心配すんな、俺とヒロがお前をどこにも行かせないから」


イサが顔を上げて、ユキを見た。

隣の部屋に目をやると、広央が果敢に大人たちに挑んでくれている。


安心したのか、イサがほんの少し笑みを浮かべた。

そして広央を、自分を守るために戦い続けてくれる広央をずっと見つめる。


広央はその晩ずっと、母親たちにイサをうちの子にしてくれと、懇願し続けた。



結局、イサは広央の家に引き取られる事になった。

二つの家の共同生活に加わった、と言う方が正しいだろうか。


寝るときはいつも広央の傍で。時に広央とユキの間で、3人川の字になって寝た。


数年は、穏やかな日々が続いた。



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