第23話 運命の番


「ヒロちゃん、あーそーぼ」


のどかな土曜日の昼、イサの声が庭から聞こえてきた。


「うん、今いく!」

言うが早いか、子供部屋にいた広央が駆けつけた。



あの出会いから1年。

すっかり広央の家に行くことが習慣になっていたイサは、靴をぽいっと脱ぎ捨てて、縁側からそのまま上がり込んだ。


「こらっ、おじゃましますでしょ!靴も揃えるの!」

小春が台所から出てきて叱った。

土曜日は広央達の方の家で、清香とお昼を用意する習慣だった。


イサは慌てて広央の後ろに隠れる。

「こらっ返事は!?」

「小春ちゃん、そんなに怒らないの…」清香が台所から出てきて、小春を窘める。


広央とイサはそんな大人たちを無視して、かくれんぼに興じ始めた。古くて広い平屋建ては子供の格好の遊び場。歓声とドタバタ走り回る音が家中に鳴り響く。

母親たちが「お昼出来たわよ!」と叫ぶまでそれは続いた。


「ハイどうぞ」

小春がお菜を盛った小皿をイサに渡した。

するとイサはお皿を持って、そのままテレビの前まで走っていく。

この時間に放映されている人形劇に夢中なのだ。


「いただきますくらい言うの!全く、野良猫の世話してる気分!」

小春が毒づく。


母親にほったらかしにされてる子なので、イサは少々お行儀が悪い。

口喧しい小春は度々注意するのだが、すぐに広央の後ろに逃げ込んでしまうので埒が明かない。

一方子供に無関心な清香は食卓の準備をしつつ「ユキちゃん達は待たなくていいの?」と尋ねた。


「いいのいいの、あいつら釣りバカだから。親子してほんと好きよね!とっとと食べよ」


こうして母親たちは台所の隣のいつもの茶の間で、広央とイサは居間のテレビの前で人形劇を見ながら一緒に食べた。

隣同士に並んで、ぴったりとくっつき合って。


結局ユキとその父の清治が帰ってきたのは、正午をだいぶ過ぎた頃だった。

ユキがいつものように庭から居間に上がり込むと、そこには広央とイサがころっと丸くなって、お昼寝をしていた。

イサは広央のシャツの裾をきゅっと掴んでいる。白い髪からのぞく寝顔は、安心しきっている表情かおそのものだ。


ユキはおぼろげながら知っている知識…つがいの事を思い出した。


ヒロはアルファで、イサはオメガだ。


アルファとオメガがくっつく事を“つがい”と言うんだよな?

そしてアルファとオメガには生まれた時から“運命のつがい”がいるのだと。

これは同級生から仕入れた知識だ。


改めてぴったりくっつている二人の寝姿を見ると、もしかしてこいつらは将来“つがい”になるんじゃないか…そんな考えがユキの頭をよぎった。けれどそれは一瞬思い付いたに過ぎず、つがいという言葉と概念は9歳のユキには、夜見る夢の内容より現実味のないものだった。


だから押し入れからタオルケットを引っ張りだして、大雑把に二人に掛けてやった後(寝ている人間には、風邪を引かないよう布団をかけてやるという家庭内ルール)自分の頭をよぎった考えなど、すっかり忘れてしまったのだった。




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