第17話 無様!
「広央さん!大丈夫ですか?怪我はないですか!?」
「いや拓海君!心配するんだったら広央さんを降ろそう!」
空高くゲート看板に吊り下げられる形で、ぶらんぶらんと揺れながら、広央が叫んだ。
「いえ、知広曰くこれが最善の方法です!」
真っ直ぐな眼差しで拓海が答える。
もがいたのが仇になり、広央の身体を包んだ網はその重みに勢いが加わり、くるくると回転し始めた。
「いやいや君たまには疑おう!?つーか早く降ろしてええ!ぎゃー揺れるぅ!酔っちゃう!」
「もーヒロさん、人に散々手間かけさせて!地元の漁師さんに特大サイズの投網借りちゃったよ!もう観念してよね!この島の運命はヒロさんの双肩に掛かってるんだから!しっかりして!アルファの雄!選ばれし優秀種別!」
知広が網にかかった広央を見上げながら、ビシっと叫んだ。
強い海風が吹き、広央を包んだ網はより一層ぐるぐると回転し始めた。
「ぎゃ-!ヒロさんバターになっちゃうってコレ!」
「そんな、ちびくろサンボじゃないんだから。ていうかこの絵面白い、イサちゃんに送っちゃおうっと“今港にいます、ヒロさん回転してる(笑)”って。」
この時看板が“ミシッ”という嫌な音を立てたことに、誰も気づかなかった。
「お兄さん!大丈夫!?ちょっと降ろしてあげてよ!死んじゃうって!」
加奈美が知広達に詰め寄った。
「ていうかこの女の子誰?未成年連れ回すって犯罪なの分かってる!?大事な式の最中に逃げ出すわ、ココミナに恥ずかしい所アップされちゃうわ、ほんっとしょうもない!!」
知広がスマホを操作しながら言い放った。
ぐるぐる回る広央を背に、加奈美が叫んだ。
「ちょっと!お兄さんしょうもない人じゃない!あのココミナ、うちの嘘だから!お兄さん超いい人だから!」
事の一部始終の説明を加奈美から聞いた後、知広はふーっとため息をついた。
そして心底ホッとした。
あのココミナのスキャンダルが本当なら、このまま広央を海に投げ捨てて、縁を切ろうと思っていたのだから。
「よかったよ…義理の兄がまともな人で」
そっと呟いた。
「じゃ拓海、そろそろ降ろしてあげようか」
「知広、なんか反動がついちゃって回転が止まらないんだけど…」
その時、二人の会話を怒号が遮った。
「おい、あの女早く捕まえろや!逃がすかあ!」
あのテンプレート反社軍団が、殺気立ちながら駆け付けてきた。
加奈美がさっと青ざめた。逃げようにも橋が可動されていて袋小路だ、後がない。
その時、ユキと和希率いる猪狩隊が駆け付けてきた。
「な」
“なんだてめえら、邪魔するとぶっ殺すぞ”という語彙力の乏しい台詞を吐く前に、猪狩隊が反社軍団を秒殺した。
「隊長どうしやすか~コイツら~」
相変わらず間延びしたテンポで、ヨリが尋ねる。
「重しつけて海に沈めとけ」
和希はシンプルに指示した。
広央を包んだ網はぐるぐる回り続け、回転が終わったらその反動でまた反対側にぐるぐる回る、という運動を延々続けている。
「ヒロさん生きてる~?面白いからもうちょっとこのままにしとく?」
「知広、さすがにやばいよ。しかもこれじゃ回転が永遠に止まんない」
網から漏れてくる広央の悲鳴に、拓海はさすがに心配になってきた。
「そんな、永久機関じゃないんだから。熱力学第一法則があるから、外部から何らかのエネルギーを与えない限りいつか運動は止まるよ」
知広がそう悠長に答えた時、バキっという破壊音が聞こえてきた。
続いてミシ、ミシっという何かが壊れる音。
突然看板部分がバキっと割れ崩落した。
それと同時にそこに吊るされていた網は、回転していたため遠心力を増して、広央を包んだままきれいな放物線を描いて、海に放り出された。
皆が「あっ」と叫ぶ間もなく、見る見るうちに波間に沈んでいく。
「ヒロ兄!」
和希が思わず海に飛び込もうとしたが、「隊長だめですっ!今日波が高い!」と猪狩隊が必死に止めに入る。
広央を包んだ網はあっという間に波の下に沈んでいって、もう目では確認できなくなっていた。
「ヒロさん!どうしよう拓海…あの網、錘がついてる。ずっと沈んでっちゃうよ…!」
知広は微かに震えながら言った。そして岸壁に手をついて海に向かって叫んだ。
「ヒロさーーーーん…!」
皆がパニックになっている中、広央は海の中を静かに沈んでいった。
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