第16話 アルファの矜持

その頃、広央と加奈美は島と本土をつなぐ橋のところにいた。すでに橋は可動されていて本土側には渡れない。

船舶も、観光用の小型ボートですら足止めをくらっている。交通手段は絶望的に閉ざされていた。


広央はがっくりとその場でしゃがみ込んだ。

「袋のネズミか、俺は。全島封鎖なんてテロリストでも紛れ込まない限り発動しないやつだぞ。ユキの奴、人を極悪人扱いしやがって…」

捕まるのは時間の問題だった。


「うちココミナの投稿、削除申請する。無理ならツイッターであれは嘘だったって言う。そしたら大丈夫だよね?総代になれるよね?」



「いや…さっきも言ったように、そもそも俺はふさわしくないんだよ。もっと統率力のある奴がなった方が皆のためだ。知っての通り、この島は軍とはいつも対立関係にある。軍の連中は隙あらば島を侵略しようとする。支配しようとして工作をけしかけてくる。裏切者の勧誘、スパイ工作、時には島の人間を極秘に拉致連行。なんでもアリだ。そんな中でアルファの雄とは名ばかりの、平凡なこの俺が総代の地位についたらどうなる?先代は…父さんは典型的なアルファの雄で、頭の良さも、実行力も、統率者としてのカリスマ性もあった。だから軍ともやり合えた。でも、この俺じゃ…」


これは広央がずっと、物心ついた時から考えていた事だった。

広央の父は、威風堂々としたオーラを常に纏っている人だった。

物事の判断は常に鋭く的確。時には非情な決断も下したが、皆は従った。この人について行きたい、そう思わせる何かが父にはあった。

それがアルファという種別に由来するものなのか、それとも父個人のものだったのかは分からない。

(けど、これだけは確実だ)

それは常に広央の心にのしかかる、苦しい認識だった。


(俺には、その“何か”が無い)


「お兄さん、総代に向いてなくは無いと思うよ。うち」

まだ高校生で、狭い学校の世界しか知ることのできない加奈美にとって、軍はまだ具体的に自分を抑圧する存在ではなかった。ただ窮屈な空気だけは常に感じていた。学校の中でさえも。


社会問題について調べてグループ事に討論する、という授業があった。


ここにもその空気が顔を出す。

『軍についての批判はタブー』という空気。

別に校則で禁止されているわけでもない、もちろん法律でさえ。それどころか憲法の上では言論の自由は保障されている。だから軍政やその内部の腐敗について議論しても、少なくとも憲法上は問題無いはずなのだ。


けれども、教師は軍への批判など絶対に許さない。

決して明文化される事もなく、この国に脈々と受け継がれる目には見えない逆らえない空気。

逆らえば“空気抵抗罪”により罰せられる。


教師は圧制を敷く軍よりも、それに対して異を唱える生徒をむしろ憎んでいた。自身がとばっちりを受ける危険があるからだ。厄介ごとを起こしそうな危険分子を排除しようと、常に監視の目を光らせている。


軍に目をつけられるのが怖いなら怖いと、正直に言えばいいものをそれは絶対に認めない。真っ赤になって「お前らは間違っている、学校が正しい」と怒鳴り散らす。

加奈美は教師の臆病さを、心の底から軽蔑していた。


「うちさ、お兄さんとは今日初めて会ったけど」


その時、後ろから人影が迫ってきている事に、広央と加奈美は気付かなかった。


「総代はいい人がなるべきだよ。お兄さんは…」


その時広央の視界に、ぶわっと白い網がかかった。



「拓海、いいよー!」


知広の元気な声が聞こえるのと同時に、白く巨大な網が広央の体を絡め取った。

数メートルあるその網の一端(錘付き)を、拓海がアーチ状のゲート看板の上にぶん投げた。

錘は看板の上を通過。落ちてきた錘部分を知広がぐいっと引っ張り、柱の基底部分に巻きつけた。

哀れにも広央は網に入れられ「これより神之島入口」と書いてある、結構な高さのゲート看板に吊り下げられるに格好になった…

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