第2話 神之島

チノパンにTシャツというラフな格好だが、その上に重々しい黒紋付を羽織り、純白のタスキ掛けという珍妙な出で立ちの男が、必死の形相で山中を疾走していた。


「今時コンビニのバイトだって引継ぎくらいあんだろ!いきなり総代継ぐとか無理無理無理いぃ!」


男の名前は広央ひろお、急死した先代の息子である。


神之島の統率者はかつては島長と呼ばれ、現代では総代と呼ばれている。

先代の急死により弱冠23歳の若造が、この反骨心あふれる島の、代々受け継がれてきた名誉ある地位に就くことになったのだが…


「大体さあ!今時世襲制って何よ!?江戸時代かよ!民主的に選挙とかで選べばいいじゃんよおおお~!」


そう、この島の長の地位はなんと、先祖代々現代に至るまで“世襲”なのである。

そして肝心の当本人、広央は全く就任に乗り気でない。というより完全拒否モード。そんなわけで、式が行われている最中の神社からこっそりと抜け出し、一目散に島の中心街方面に向かって走っていた。


この島は大きく分けて4つのエリアがある。

島のほぼ中央に海抜約150メートルの山があり、山頂にはいつの年代だかわからない程、古めかしい鳥居が配してある。

それが「神エリア」だ。


島での重要な儀式、総代の結婚式や就任式などは代々この神社で執り行われてきた。

「神エリア」は、儀式以外の時は古参の島民が時折参詣に訪れるのみで、近代以降移住して来た、いわゆるニューカマー(古くからの島民は“島外もん”と呼ぶ)はあまりなじみがない。


中腹から裾野にかけては「総代エリア」

代々の島長や、島の重鎮たちが住まってきた古めかしい居館が連なっている。どの建物も戦国時代よろしく襲撃に備えての柵あり堀あり罠ありと、なかなかに物々しい造りだ。

このエリアも、基本的に新参者はあまり立ち寄らない。


島の南端にある「海側エリア」

この島はそもそも、古代から漁師たちが住み着いてきた。流刑地として利用される遥か昔からである。かつては遠洋にも繰り出し、鯨なども捕獲することもあったが近代になって捕鯨は廃れた。

現在では漁業で生計を立てている者は少ない。だが神之島付近の海で採れる海産物は潮の流れと地層の関係で味もよく、市場では重宝されるので先祖代々からの住人は現在も家業としての漁を守っている。


そして島の東端の「街側エリア」

ここは、時代がかった建物が立ち並ぶ神エリアや総代エリア、古めかしい民家が立ち並ぶ海側エリアとは、がらっと雰囲気が変わる。

高層ビルが立ち並びギラギラ光る電飾と街燈、うるさい街頭ビジョンの広告。狂ったように重なり合う電線と柱上変圧器が頭上を覆う。

そのため海側からこの島を廻ってきた観光客は、まるでタイムスリップしたような感覚に襲われるのだった。


この街側エリアこそ、神之島の活気の象徴。島の住民と流れ者たちが、一緒に造り上げてきた街だった。流れ者はかつては流刑人や罪人、戦に敗れた落人だったが、近現代では軍の圧政や迫害を逃れて、逃げ込むように島に移り住んで来た者たちだ。

島から本土への交通手段は、古くに造成された橋が一本あるきり。この橋は旋回式の可動橋になっていて、島側からのみ可動の操作ができるようになっている。つまり島の意思で完全なる陸の孤島に、本土から完全に切り離された場所になりえる。


元からの島民もニューカマーも、この神之島を島ではなく一つの国として、本土と対抗しうる唯一の“国”として捉えている。

かつては本土の年貢や支配から逃れるため、現代では軍政に対する最後の砦となる重要な国として。


政治犯を、軍によって犯罪者とみなされた学者やジャーナリストを。時には不法滞在外国人や犯罪者も鷹揚に受け入れ、何もかもごちゃごちゃに混じり合い、雑然としながらも不思議な活気に満ちた国を造ってきた。


その由緒ある国が、今まさに存亡の危機に立たされていた!


総代を継ぐはずの男、広央が就任式をほっぽらかして逃げようしているからである。

この男は、今まさに街エリア目指して突っ走っていた。あの猥雑なまでの賑々しい街は、人一人くらいなら簡単に隠してくれる。それを目当てに逃げ込む重犯罪者の輩もいるくらいだ。

まずはそこに逃げよう、と。


ひた走る広央であった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る