第6話 最近すれ違いばかりの部下とコミュニケーションを取ろうとしたら天使の矢(物理)で撃たれた話

 「神様は変態ですね」


 開幕から謂れのない言葉で罵倒しないで。どうせルナの事だろぅ?………いや、もしかしてアレの事か?


 「変態じゃないよ。神様だよ」

 「変態神様ですね。わかりました」


 わからないで!?ちょっと冗談のように言っただけじゃんか。


 「というか、せっかく外出したんだから、そういう話はなしでいこう」


 ちょうど仕事の予定もなかったし、時間があったから遊びでもどう?ってリリーを誘ってみたら意外にもokしてくれた。それで今に至る、と。だから楽しい話をしよう!


 「私は楽しい話ですが?」

 「俺が楽しくないねぇ!!」


 全く、この神カフェは他の神もいるんだから、変な話は止めて欲しいぜ。


 「所で、最近調子はどう?」

 「楽しい話でそれですか?話下手すぎません?」


 うるさいなぁ。取っ掛かりだよ、取っ掛かり。


 「でもさ、リリーちゃん、最近忙しくしているだろ?」

 「………普通だと思います」


 俺の所に来る転生者はそう多くはない。さっきも言ったけど時間があるから、こうして遊びに来ているわけだし。


 「プライベートな事なので詮索は不要です」

 「………そうか。何か俺に手伝える事があったら遠慮なく言ってくれ」


 リリーはこういう所は頑なだ。彼女は非常に優秀な天使で、いくつもの転生神の所で働いていたらしい。だが、あまり長続きしなかったようで、俺の所でようやく腰を落ち着けた感じだ。


 「お気遣いには感謝致しますが、大丈夫です」

 「そうか。なら良いんだ。さて、じゃあ注文しようか。今日は俺の奢りだからじゃんじゃん頼んでくれ」


 たまに懐がでかい所、見せつけていくかぁ!!


 「では、ここからこれを全て」


 メニュー表を指でついーっとしてるけど、それ一ページの商品全てだよね?遠慮って言葉がないのかな?そもそも食べきれるのかな?デザートだけしかないけど、胸焼けしない?止めとかない?


 「奢りですよね」


 お、おう!俺も男だっ。男に二言はないぜっ!できらぁ!!


 「では今の所はそれだけで。追加の注文は後でします」


 追加!?ちょ、ちょーーーっと席を外しても良いかな?お手洗い行ってくるわっ!………近くにお金を下ろせる所あったっけか。くそー。こういう時、キャッシュレス便利だよな。ちょいとチャージするだけだもん。ってそんなこと考えている場合じゃない。ダッシュで行かねば!!




 山の様にあったデザートがなくなった。ぺろりと平らげるのすごすぎる。


 「リリーちゃん、甘いの好きだったんだね………」

 「それなりには嗜みます」


 それなりかぁ。俺は目の前に積み上げられたデザートを見るだけでお腹いっぱいだったよ。まぁ、クールなリリーの意外な一面を見れて良かったけどさ。


 「でも、今までこういう誘いって断ってきたと思うけど、何か心境の変化でもあった?」


 さすがに数百年も一緒にいるとそういう機会は何回もあったが、まぁ断られてた。嫌われてるような感じじゃなかったので、それからも誘い続けていたわけだけど。


 「………そんな所です」


 ふむ。何やら話したくない様子。俺は出来る上司なので無理には聞かないぜ。


 「これからはどうしますか?」


 うーん。特に考えてはいない。リリーの気晴らしにでもなるかなと思って誘った程度だったから。確かにここで、はいさよならは味気ないな。


 「少し歩こうか」


 天界はいつでも天気が良いから散歩にも最適だ。ウインドウショッピングってのもアリかとは思ったが、あんまりリリーは好きそうじゃないしな。


 「食後の運動にはちょうど良いかもしれませんね」


 お、じゃあ行くか。そうやって二人で歩き出したんだが、やたらと視線を感じる。視線の先はリリーだ。美人という事は勿論あるが、なんというか歩き方一つとっても存在感があるんだよな。目を引く存在ってこの子みたいな事を言うんだろう。


 「? どうしました、神様」


 まぁ本人はそんな事には気づいていないようだけど。意外とそういう所は鈍いからな、リリーは。


 「今、失礼な事を考えましたね」

 「ソンナコトナイヨ」

 「視線がいやらしいからすぐにわかるのですよ。変態様」


 言い方ぁ!!ってか神が抜けてますけど!?いや神があっても余計な物が付いてるけど!


 「今の聞いた?」

 「通報した方が良いんじゃない?」


 ポリスメンに通報しないで!あいつら秩序の神に仕えているから冗談が通じないのよ。もしここにあいつらがきたら、俺とリリーを一瞥して、秒で俺が逮捕される自信がある。


 「ちょーーーーっと早歩きで行こうか!!!軽い運動だぁ!!!楽しく散歩しよう!!!!」



 「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ」

 「神様、運動不足ですね。いつも食っちゃ寝しているからそうなるのですよ」


 そ、そこまでしてないやい。最近ちょっと外に出ていなかっただけだし。自宅警備していただけだし。だからちょっとベンチ座らせて。


 「リ、リリーちゃんは元気だね」

 「日頃から鍛えていますから。誰かさんとは違って」


 確かにスタイルは抜群だしなぁ。出るとこ出ている感じ。あんなに甘い物を食べたのに何処に消えているかが俺は不思議だよ。


 「ははっ。手厳しいな。まぁその通りだから何も言えんけど」


 あーーー。風がちょー気持ちいい。何も考えずに自然公園に来たけど、神が管理しているおかげで空気も綺麗だ。ほんと、たまには外に出ないといかんな。


 「………神様は」

 「ん?」


 自然に吹く風を満喫していると、神妙そうな顔でリリーが歯切れ悪く声を掛けてきた。珍しいな。いつもは何でもはっきりと口に出すのに。


 「この仕事、楽しいですか?」


 背を向けて、そんな事を聞いてきた。リリーの声が少し沈んでいるように感じた。


 「楽しい、か。自分の仕事の事なんてよく考えた事がなかったな」

 「何も考えずに転生させていたのですか。お気楽ですね」


 なんとなくリリーの突っ込みも無理やりでキレがない。


 「そういうわけじゃないけどさ。俺は転生神の中でも下っ端だ。力の権限も大したことはない。積み重ねた徳以上の力を与える事が出来ない」


 生きていた時にどれだけ良い事をしたのかでチートの有無は決まる。更に言えば、良い事を重ねればそれだけ貰えるチートも強力になる。


 「それでも神様からの力は絶大ですよね。その理屈だと力を貰った転生者だけが有利になるのではないですか」


 チートを貰った転生者が無双するとか魔王を倒すとかそういう事?それで次に転生した時もまたチートが貰えるみたいな事か。


 「そうでもないよ。強すぎる力は人を簡単に狂わせるからね。やりたい放題する転生者も少なくはない」


 それに救いを求める者の為、善だと思ってその力を振るっていたとしても、実は味方をしていた側が悪だったというパターンも少なくない。強すぎる力故に与える影響も大きく、陰謀にも巻き込まれやすいってね。難しいもんだ。


 「そうですね。力を扱いきれず自滅する者もいます」


 悲しそうなその声は誰かの事を思い出しているのだろうか。


 「だから俺はチートが貰えるような人が来ても、そんなに強力じゃないチートを与えるようにしている。といっても、俺の所にそんな奴はあんまり来ないけどさ」


 チートがタダで貰えるって勘違いしている奴らは毎日来るけど!


 「………私が他の転生神の方々の所を転々としていたのはご存じでしょうか」

 「知ってるよ」


 よっ、と。ベンチから立ち上がってリリーの隣に並ぶ。緩やかな風が彼女の長い髪をさらさらと揺らしている。穏やかな時間が流れていた。


 「あの方達は、無差別に強力な力を分け与えて、世界に与える影響を少しも考えていないようでした。むしろそれで巻き起こる混沌を楽しんでいるようで」


 だから仕事が楽しい、か。リリーもそういう神々と俺を同じように見ていたのかもしれない。


 「この数百年、一緒にやってきてさ。どうだった?」

 「………驚くほど何もありませんでしたね」


 たまにはクセの強い奴も来るが、いつも平和にやっていた。転生神としては何も変わらず、何も特別な事なんてしていない。それが退屈で、面白味がないと他の転生神には言われるが、俺は案外この日常が気に入っているんだ。


 「俺は転生する奴らにはちゃんと納得して転生して欲しいんだ」

 「納得?記憶を無くす転生者がほとんどなのに、それに意味はありますか?」

 「あるさ。ここから再スタートするんだから、気持ち良く行って欲しい。例え記憶がなくなってしまったとしても。少なくとも俺はそうじゃないと嫌だ」

 「………神のエゴ、ですね」

 「そうかもしれないな」


 俺が勝手にしているだけで、本人たちにとっては意味のない事なのかもしれない。俺の我儘ってやつだ。


 「でも私はそのエゴ、嫌いじゃありませんよ」


 ふいっ、と顔を逸らしてそんな事を言うものだから照れているのかもしれない。あのリリーちゃんが!!すげー貴重なシーンだよ。カメラで撮影しとくか?


 「ぶちころがしますよ?」

 「あれー!?もしかして声に出てた!?」


 いや、ちょっと待って欲しい。ほんの出来心だ。だから弓を構えるな。矢をつがえるな。その矢はラヴな奴だろ。攻撃には使えないもんね。神である俺に当てても効果は何もないぞう?はっはっはっ。

 ………え?天使の矢(物理)?(物理)って何!?それただの普通の矢だよね!?おいおいおいおい。あっぶな!!華麗なステップで避けなかったら、今、当たってたよ!!当ててんのよって、こんな状況で言われても嬉しくなーーーい!!ちょ、待って。まだ体力が回復しきってないから、足がもつれ………ギャーーー!!


 悲鳴をあげて逃げ回る神を、射的ゲーム感覚でリリーは矢を放つ。何、本当に当たったとしても仮にも神。死にはしない。それにここは天界だ。死んでも誰かが生き返してくれるだろう。

 リリーが良い汗をかいて、額を手で拭う頃には、ガクガクと震えて木陰に隠れる神がいたとかなんとか。そんな神を見て、リリーは少しだけ頬を緩ませながら呟いた。


 「本当に………しょうがない神様ですね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る