第2話 乙女ゲーをやりこんだマグロな社会人がゲームの世界に入りたいが為に愛と情熱を両手一杯にもって神になろうとする話

 「剣と魔法のイステリアの世界に転生させてください!」


 えぇ、何この子。君は死んだんだよって伝えたら、いきなりこんなこと言ってきたんだが。てか、最近こんなの多いけど、色々とバリエーション増やしてくんのやめてくれない?


 「なにそれ」

 「あの伝説の名作をご存じでない!?神様、人生損してますよ」


 ご存じでないなぁ。たぶんなんかのゲームなんだろうけど。


 「その、イステリア?っていうゲームの世界に転生したい、と」

 「その通りです!お願いします!」


 あらまぁそんなに目をキラキラさせちゃって。今回の人は大変元気がよろしいようで。だがまぁ落ち着いて聞いて欲しい。


 「ゲームの世界に転生はできないよ?」

 「えっ」

 「えっ」


 いや、めちゃくちゃ普通の事を言ったからね?何言ってんだこいつみたいな顔で俺を見んな。


 「ゲームと現実は違うんだよ」

 「ぐっはぁ!!」


 剣に胸をぶっ刺されたかのようなオーバーアクションで倒れ込んだ!?え、何、そんなに衝撃的な事を言ったか?


 「うちの母親みたいな事を言いますね。神様」


 数秒もしない内にむっくりと立ち上がり、白けた顔で言われてもな。当たり前の事だろ。


 「いいですか、神様。ゲーマーというものは夢を見る旅人なのです。ゲームという夢の海を泳いでいるお魚さんなのです。お魚さんは泳ぎ続けないと死ぬのですよ?現実という鎖で私を縛って殺す気ですか?」


 君はマグロなの?そもそももう死んでるからね?


 「神様は知らないと思いますが、剣と魔法のイステリアは乙女ゲーとして最高傑作の至高の神ゲーなのです。メインキャラのイルマ王子はそれはもう完璧超人ですが、たまに主人公だけに見せる隙がたまらなく愛おしくてですね。後、サブキャラですがイルマ王子の付き人であるネルは一見クールで主人公にも冷たいのですが仲良くなっていく内に甘える面も見せてそれはまるで春に訪れる雪解けのようで、思わず開発者様にこの感動を伝えたく電話しちゃったりしたんですがまぁ出てくれませんでしたね。あ、そういえばメインキャラの一人である同級生の………」


 待って待って。オタク特有の得意ジャンルになると早口になるのやめて。よく聞き取れないし、聞き取れても意味わかんなさそうだけど、延々と続きそうだからやめて。


 「皆まで言うな。神は全て知っている」

 「何知ったつもりになっているんですか!?せめて全ルート百週はしてからそのセリフは言ってください!後、さっきゲームの名前すら知らなかったでしょ!」


 止めて欲しくて全知全能の神の振りしたら秒でバレた。人の話を聞きそうにないタイプって、自分が嫌に感じた部分だけは聞き取れてんだよな。


 「君の熱意はめっちゃ伝わった。うんうん。そのゲームが好きなんだね」

 「好きってレベルじゃないです!もはやこれは愛なのです!」

 「そっかぁ。愛かぁ。素晴らしいねぇ。素晴らしいんだけど、やっぱそういう世界はないかなぁ………」

 「………ないんですか」


 突然の雨に濡れてしまった子犬みたいにしょんぼりしてる!可哀そう。ワンチャンあるかも!?って思ってただろうからなぁ。うーむ………。ゲームの世界なぁ。

 RPGみたいな世界ならいくつか知ってるけど、ゲームの世界をまんま投影したような世界は…………やはり難しい。

 元からあった世界をそのままコピーし、同じ世界を作ろうとするなら不可能ではない。だけど一から全てを創造し、ゲームと同じ世界を作ろうとするなら………神でも不可能だ。

 世界の舞台は作れるだろう。例えば大地や気候、空や太陽といったもの。だが人という生物はダメだ。あまりに構造が複雑すぎる。姿形はそっくりに出来ても、感情や性格といったものは後天的に出来るものだから無理なのだ。無理やり作ったとしても人形が出来るだけだろう。

 ………という事をこの子に丁寧に教えてあげたのだが。


 「つまり、私が神になれば良いんですね!!」


 What?


 「不可能を可能にするには、いつだってそこに燃え滾る情熱が必要なんです!!」

 「いや、情熱だけじゃ越えられない壁が………」

 「神様!壁ってものは越える為にあるのですよ!!!!」


 違うよ?もっと他にも色んな用途があるからね?越えちゃいけない壁もあるからね?


 「神様!神ってどうやってなれますか!?奪う系ですか!?」


 怖い怖い怖い。野獣のような目で俺を見ても神になれないから!奪えないから!


 「お、落ち着け。神になる方法はあるけど、普通にはなれないから」

 「私、普通じゃない自信があります!!」


 うん。それはもうこれでもかってぐらい、今、身に染みてるから。


 「あーーー。本当はあんまり教えちゃいけないんだけど、ここだけのヒミツな」

 「ありがとう!神様!」


 今、めっちゃ笑顔になってるけど、目が爛々としてて狂気染みて怖いんだよな。教えなきゃ、何するかわからん。


 「まぁいいや。えっとだな、神になる条件は現世で偉業を達成したらなりやすい。後は運だな」

 「偉業?それになりやすいとか運ってどういう事ですか?」

 「偉業は神の関心を引けるような事なら何でもいいよ。神の座は大体埋まってるから、神から引き継ぎでもしない限り神にはなれない。つまりそれが運ってことだ」


 例え物凄い偉業を成したとしても、神がそれを見てその気にならないなら交代は行われない。だから運が余程良くないと、そもそも機会がないんだよな。


 「なるほど…………では神様もそうやって神になったんですね」

 「うんにゃ。俺はコネ」


 尊敬しているような目で見ていたのに、一気に視線の温度を下げるのやめてくんない?


 「神様、そろそろ交代したくなってません?」

 「身近な所から手を付けようとするな。俺は神を止めるつもりはありまーせん」


 大体、この子には色々と親切にしているつもりなんだけどそんな相手に言う言葉じゃなくない?あれ、俺、意外と嫌われてる?


 「譲ってくれませんか。では仕方ありませんね!現世に戻ってすごい事やってきます!!」


 すごい事ってなんだよ。偉業の意味わかってる?逆ベクトルな事しないよね?


 「なんか色々と心配になってきたけど、まぁいいや。それで転生先は………」

 「すごい事が出来そうな世界で!!」

 「曖昧ィ!うん…………じゃあファンタジー世界かな。たぶん。でも、チートもないし記憶も引き継げない。地球とは違う過酷な環境に放り込まれるけど、大丈夫?」


 この子がここに来た原因は乙女ゲーのやりすぎで寝不足になり、階段から転げ落ちたせいだ。善良な市民ではあったけど、それだけじゃ転生の特典は与えられない。


 「他人から貰ったチートで活躍しても、神の目に止まりそうにないんでいりません!記憶も、私は魂から私なのでなくても大丈夫です!」


 え、やだこの子、男らしっ。普段からゴネまくる精神がクソガキばっかの相手してるせいか、思わずきゅんとしちゃったわ。

 話半分に聞いていたけど、本当にこの子ならすごい事をやってくれるかもしれない。


 「では神様!またお会いしましょう!今度会う時は先輩と後輩になっているかもしれません」

 「ははは。期待しないで待っているよ。それじゃあ元気でな」




 それから何百年も後に新しい神が誕生する事を、その時の俺は何も知らなかった。その神の名は腐女神。字面やばすぎるだろ。

 乙女ゲーの世界を再現する神として、一部の転生者から絶大な支持を受ける神になるのだが………本当にすごい事、やっちまったなぁ。

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