そして灯りがつく
第42話 流夢
お願いだから、もっとよく見せてって思っても、
前よりも頻繁に意識が跳んで、ぱ、ぱ、ぱ、と画面が切り替わる。それに、明る過ぎたり暗過ぎたりで、よく見えなかったり、音や声が聞こえなかったりすることがある。
なんでだろう、うまく美帆の中に入れてない。
美帆の過去が、うねりながらどんどん流れてしまうみたいだ。
かと言って、現代に戻るでもなく、わたしは飛び飛びで美帆と一緒に居続けている。
見ていた感じだと、あれから美帆は映研に行かなくなって、あんなに大事にしていたカメラはぽんすけにあげてしまった。そして、教育系のゼミに入って、真剣に教師になるための勉強を始めて、8mmカメラに向けていた情熱は形を変えた。もう、美帆は甘ったれではなくて、今のわたしのお母さんみたいなちゃんとした教師になろうとしているようだった。
麻友はどうなったんだろう。
本当に、二人は全く会わなかったし、電話一本、ハガキ一枚の繋がりもなくなってしまっていた。
美帆は4年生になり、夏の教員採用試験に合格し、大学を卒業した。春になって、新採用の先生になって、初めて担任した生徒たちに振り回されて感動したり失敗したりしながら数年が過ぎた。美帆がすっかり大人になってしまって、わたしはちょっと寂しかったし、教育や子供に余り興味のないわたしには、こんな美帆の毎日は、さして面白くなく時間がどんどん過ぎた。
ところが、だ。
驚きの事件が起きる。
美帆が転勤した先の学校に、美帆よりも先に先生になっていた下原先輩も赴任していて、同じ学年を担任することになった。最初は、気まずそうな顔をしていた二人だったけれど、仕事を通じて話をすることが増えた。もう先輩と後輩ではなくて、ほぼ対等な同僚として接するようになっていた。学生時代には大きかった1学年や2学年の違いなんて、社会人になるとどーでもよくなる、らしい。現代のわたしは、まだ、社会人として新米過ぎて、その実感がないのだけど。
仕事のことしか話さないように見えていた二人だったのに、いつのまにか下原先輩から美帆への猛チャージが始まっていた。大学の時、手ひどく振られた筈にもかかわらず、下原先輩は頑張った。
最初は腰が引けていた美帆も、そのうち、少しずつ絆されたみたいだった。やり直すというよりも、一から関係を築くように、二人の距離が近付いていく。
その結果、美帆と下原先輩は、結婚を視野に入れて、改めて付き合い始めた。
美帆が麻友を忘れた、というわけではないだろうけれど、数えると美帆が一人になって5年以上が過ぎていた。それだけの長さがあれば時間が解決する部分もあるだろうし、元々仲が悪くて別れたわけではなかったし、いわゆる結婚適齢期てのも影響したのかもしれない。
それに、これは、もともと麻友が望んでいたことだ。
麻友は、自分が消えて二人が元の鞘に収まればいい、そして、美帆に幸せになってほしいと願っていた。
麻友の言っていたとおりになったわけだ。
……あれから麻友は、どうしているだろう。
また、意識が跳ぶ。
「おめでとう」、「美帆、おめでとう」、「美帆ちゃーん、きれー」
親戚や友人たちが口々に美帆にお祝いの声を掛けているところで、意識が戻った。
世界が明るすぎるように感じる。何もかもが白っぽくて眩してくて、よく見えない。
とても賑やかで、明るい楽しそうな人の声。
祝福の声、声、声。
これ、結婚式だ。や、披露宴ってやつ?
美帆の胸の中が色々なもので溢れてる。気疲れや緊張が少し、あとは嬉しいような恥ずかしいようなあったかいもので一杯。
チラリと隣を見ると、多分、下原先輩が白いタキシードみたいなのを着て、誰かと話している。よく見えないけど、声は聞こえる。
「おめでとうございます!」
あ、この声、ぽんすけじゃん!社会人になったぽんすけが見たいのに、よく見えない。ちぇー。
「美帆」
おばあちゃんの声。美帆のお母さんだ。
「お母さん、疲れてない?大丈夫?無理してない?座ってていいよ」
美帆の声がおばあちゃんを労る。
よく見えない。おばあちゃんの晴れやかな顔が見たいのに。
「新婦の母だから、座ってばかりじゃいられないわよ。皆さんにお礼しなくちゃ」
「ごめんね」
「大丈夫よ。美帆の花嫁姿を見れて
あたしは幸せだもの。でも……」
少しの沈黙。おばあちゃん泣いちゃった?
「……おばちゃんのこと?」
「そう。美帆の花嫁姿をずっと楽しみにしてたから」
え?それって、
と違和感を覚えた瞬間に、また意識が跳んでしまった。
ちょっと待って。
ふいに意識が戻った。
なんか視界がモヤっとしてる。美帆の体がちょっと熱くて重い、みたいな?なんだか変な感じがする。
「あ、
下原先輩の声がした。
え、透子って今言った。
どういうこと!?と混乱していたら、すっごい空腹感が起きて、お腹が空き過ぎて悲しい、という強い感情が、ドカンっとわたしを襲ってきた。えええ、何これ?
「トコちゃん、起きた?おっぱい飲む?」
そう言って、わたしの顔を覗き込んで、抱き上げたのは美帆だった。
わたし!誰の中にいるの!?
もしかして……?
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