第36話 街角
美帆の視界の中でキョロキョロしてるような。最初に美帆の中に入った時みたいに落ち着かなかった。
病院からの帰り道、美帆の実家のある街。ここは「今」のわたしも住んでいる街でもあるけれど、全然違う。
まず、何と言っても、わたしの家が昭和だった。もろに木造家屋で、西側の壁の一部にトタンが貼ってある。そんな外見だけじゃなく中身も昭和の建物だ。キラキラした粉みたいのが付いてる壁と天井、床の部屋はキッチンだけで、後は畳と襖ばっか。窓枠がサッシじゃなくて木のところが残ってるし。古民家ってほどじゃないけどさ、古い……! こんなに古かったんだ。
わたしとお母さんが二人で住んでいる「今」の家は建て直したものなので、同じ場所に建ってはいるけれど、この家とは違う。これは全く見知らぬ家だ。小さなときに少しだけ住んだみたいだけど、記憶がほとんどなくて、襖の柄とかを子供の頃の写真で見たような気がする程度だ。
なので、自分の家に麻友がいる、ということに、美帆が感じているような違和感はさっぱり共感できない。わたしには、そもそもここが自分の家と思えないのだ。
そして、街並み。
おじいちゃんは前に亡くなっていることもあって、おばあちゃんが病院にいるおばちゃんに付きっきりになると、美帆と麻友が二人でその手伝いや家事をすることになった。おばあちゃんの軽自動車を麻友が運転して、あちこちに買い物に行ってくれるのがとても助かっている。
コンビニが少ないのは知っていたけど、今はあちこちにあるドラッグストアがない! ショッピングセンターがない! 100均もない! そんなに都会じゃないせいでもあるとはいえ、必要な生活用品とかをぱっと揃えられるような便利な店がなくて、二人がおばちゃんの病院生活で必要そうな色々な物を駅近くのデパートや商店街をあちこち回る羽目になるのをただ見ていた。
そんな買い物は面倒臭そうだと思ったけれど、一方で自分の住む街の過去が見れて、わたしは楽しかった。街も「今」と全然違う。例えば、わたしの記憶ではシャッター街になっている場所が商店街として賑やかだったりする。
すごいタイムトラベル感。
美帆の大学のある街は知らない場所だからあんまり時間の経過が分からなかったけど、美帆の実家はわたしの地元でもあるから、時代の違いがすごく分かる。通行人の髪型や髪色、服装、家とかビルとか、車とか、デザインの古い物が新品で目の前にあって、時間感覚が混乱する。もう慣れたと思ってたのに、久しぶりに過去にいるということをまざまざと実感させられてしまった。
美帆は何も気にしてないみたいだから、美帆にとっては、これは見慣れている風景なんだろうな。
あ、おばちゃんの喫茶店もない。
おばちゃんの喫茶店の入っているビルが建っていなくて、知らない民家が並んでる。美帆はおばちゃんの喫茶店を知らないから、その民家のことを全く気に掛けず、視界からすぐに消してしまった。
おばちゃんの淹れてくれたコーヒーが飲みたい、って久しぶりに思った。
ふと、ビルが少ないから、空が広いということに気付いた。でも、電線がなんだか多いかな。
ああ、昔も今も空の色は同じだ。
同じものがあってホッとする。
入院しているおばちゃんを見たくなくて、わたしは美帆が病院に行く度に意識を跳ばした。年末、おばちゃんの手術が成功したことについて、美帆と麻友が話しているのが耳に入って、ホッとした。
気が付くと、おばちゃんのことで美帆の体を流れていた不安と恐怖が薄れていて、それで、おばちゃんの手術後の経過が順調であることが分かった。ほら、大丈夫だったでしょ、美帆、とわたしは聞いてもらえない声を掛けた。
まだ、面会が許されなくて、美帆はおばちゃんとどころか顔を合わせることもまともにできてないけれど、この後、おばちゃんはきっと元気になって、いずれ喫茶店を開くんだろう。
このままなら、どうやら美帆と麻友は冬休み明けには大学のある街に戻れそうだった。
そのおかげで美帆と麻友は穏やかな年越しを迎えていた。
もちろん、おばちゃんのことは心配だったのだけれど、二人で美帆の家で家事をしたりテレビを見たり、さながら家族のように過ごしている。まるで昔から二人一緒に暮らしていたみたいに。
まあ、二人の距離感は、明らかに姉妹のそれではないけれど。
百歩譲って、下宿はね、一部屋しかなくて狭いからくっつくのは仕方ないと思うよ。でも、うちは古くても広さは普通のうちだからね、そんなにピッタリくっついてなくてもいいと思うの。
それに、美帆が麻友とくっついてると、近過ぎて美帆の視界に麻友のパーツしか視界に入らなくて、綺麗な顔がよく見えないのが癪だ。
おばあちゃんに促されて、二人で初詣にも行った。
わたしも毎年通っている地元の神社だ。神社は今も昔も変わっていないように見えて、時間が止まってるみたいだった。
「美帆、神様に何をお願いした? 長かったけれど」
「麻友と今年もずっと一緒にいて、来年もお参りできますよおに、だよ」
ふふん、と美帆が笑った。
それは、麻友に対する当て擦りだ。麻友が困り顔になる。
「嘘、それは駄目、よね」
分かってるよ、と言いたげに美帆は麻友から鳥居に視線を動かす。
大きな鳥居。
冷たい風にも全く動じないで立ってる感じ。
鳥居は30年後もおんなじだ。
そんな風に、この二人の時間が止まればいいのに。
きっと、この世界は、わたしのいた世界とは違う。
だから、わたしは産まれないのだ。
美帆と麻友は別れるなんてやめて幸せになる。
わたしは、そう思った。
願った。
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