第30話 隙間

 昼前のファーストフードのハンバーガーショップ。美帆は少しの罪悪感を抱えて、下原先輩と一緒に過ごしている。

 先輩は恋人、麻友はトモダチ。

 でも、内実は二股。しかも、どちらかと言えば麻友寄り、だとわたしは思ってる。下原先輩は、麻友の存在は少し気になっている、という程度で、まさか二股掛けられてるとは思わないだろうな。この時代で、相手は女の子だし。



「ところで、下原先輩、合宿で撮った映画の編集終わりましたか?」

 美帆は、麻友のことから話題を変えようとした。

「もう少し、少し……かな」

 下原先輩は、うーんっと口を歪めた。大学祭まで、あと2ヶ月を切っているけど、間に合うのかな。

「美帆の撮影は完璧だったよ。ピンボケも全然ないし。本当にカメラの才能あるんじゃないの?」

「監督の指示がいいんですよぉ」

 美帆が下原先輩を煽てると、あはは、と下原先輩が軽く笑う。


「いいのは、カメラマンと女優の相性だ」


 少しだけ下原先輩の口調が固くなった気がした。

 美帆もそれに勘付いている。

「それぁ、褒め言葉ですか?わたしと麻友のユウジョウに向けて」

 美帆は茶化して誤魔化す。

「俺は、本当にすごいと思ったんだ」

 下原先輩は、ハンバーガーの最後の一欠片をガッと口に突っ込むと、ぐっぐと咀嚼して飲み込んだ。男ってのは、一口がでかくて早い。

「夏合宿で、美帆と浅野さんを見てて、これはいいのが撮れた、とは思ってたんだけど、フィルムの現像が上がってきたら予想以上だった。美帆は、すごいカメラマンだよ」

 そう言うと、腰のディバッグを漁って美帆に小さな袋を渡した。

「何ですか?これ」

「編集で余ったフィルム。映画として撮影した部分も申し分なかったけどさ、こっちの使わない映像の浅野さんの方がいい顔してるから、これ美帆が編集してみなよ。MTVのミュージックビデオみたいにさ」


 それは、撮影の合間合間に美帆が撮った麻友だった。

「スタート」と「カット」の声の間に映画に必要なシーンが撮影される。美帆は「スタート」が始まる少し前から、「カット」の声が掛かった少し後までカメラを回す。その前後の部分は映画には不要になるので、その無駄になるフィルムには、撮影前の少し緊張した麻友と、撮影が終わって気の緩んだ麻友が映っている。


「浅野さんがただ綺麗だっていうだけじゃなくて、なんか、美帆を見てる時はいい顔なんだよ。うまく言えないけど」

 下原先輩はため息をつく。

「女の子同士だからってだけじやなくて、美帆と浅野さんの間には、俺でも誰でも入れない気がして」

「何言ってんですか」

 美帆は誤魔化しているけれど、背中を冷たいものが流れてるのをわたしも感じていた。


「ただのトモダチですよ」


 美帆は小首を傾げて微笑んで見せたようだ。あざといな。

「そうやって笑う美帆が可愛いと思って好きになった」

 おっと、下原先輩のいきなりの告白に美帆は頬をパッと染めた。顔の熱さをわたしも感じる。


「でも、最近の美帆は、浅野さんと一緒にいる時の美帆はさ、俺が知らなかった顔をする。俺の前では見せないような、大人びた顔」

 美帆の胸の中で不安が持ち上がった。

「そぉ、でしょうか」

「うん、浅野さんもね。美帆にだけは表情が柔らかい」

 そして、ふーっと息をつく。

「俺の知らなかった美帆を浅野さんが引っ張り出すのが、俺は何だか悔しい」

 下原先輩、鋭い。



「やだな、考えすぎですよ」

 少しの沈黙の後に、美帆は話を切った。




「わたしは、下原先輩が好きです」


 下原先輩が軽く驚いて、たじろぐみたいに少しだけ体を後ろに引く。


「大学に入学して、映研で先輩に会いました」

 美帆は両手を組んで膝の上に置いた。それから下原先輩をじっと見詰めた。だから、わたしと下原先輩の目が合う。


「8mm映画の説明をしてくれて、自分たちで映画を撮るサークルだと教えてくれました。わたしぁ、自分で映画が撮れるなんて知らなくて、驚いて、……ワクワクしました」

 美帆は、ジュースを一口だけ飲んで口を湿らす。

「できるよ、って先輩が言ってくれて、嬉しかった。カメラとかスプライザーとか、使い方を教えてくれたのも先輩でした」



「気が付いたら、先輩が好きでした」


 美帆の手に力が入って、組み合わさった指が震える。


「優しくて大人っぽくて、こだわりが強くて、ああ、男の人なんだなと初めて思いました。男の人を好きになる、っていうのを教えてくれたのも先輩です」


 美帆がぎゅっと両手を握り締めた。

「何度でも言います。わたしは下原先輩が好きなんです」


 美帆、あなたは、下原先輩に自分の気持ちを伝えている


 けれど

 自分で自分に言い聞かせてることに気づいてる?


 美帆。

 お母さん。


 もしかして、あなたは、そうやってお父さんが好きだって、自分で自分に言い聞かせてきたの?



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