第24話 歪形
二人は、キャンプ場に設営されたシャワーブースで海水を流して、食事の準備にさりげなく加わった。
しかし、ドライヤーをかける暇はなく、濡れたままの髪を見て、海で二人が遊んでいたことはバレバレだったのだろう。仲間たちみんなから「あーこいつら」という白い目を向けられ、美帆と麻友は照れ笑いで誤魔化していた。
「溺れたの、秘密ね」
麻友が美帆の耳に唇を寄せて囁くと、美帆はぴくりっとしてから、うんうんと頷いた。
美帆は、まだ何かに、麻友に、動揺している。
わたしにしてみれば、美帆は、これまで散々麻友を口説いている。その発言からすれば、美帆は麻友に気があるのは間違いない、とわたしは思っていた。
でも、当の美帆には、全くその自覚はなかったのだ。
さっきまで。
溺れて助けられて水着姿を見せられて、ようやく美帆は自分が麻友に持ち始めていた想いに気付いてしまったようだ。
何でもない顔をして、野菜を切ってサラダを作っている美帆だったけれど、さっきから心臓が忙しい。
そして、時折、麻友と下原先輩の顔を見比べている。
それは、自分の気持ちがどちらを向いているのか、確認しているようにも思えた。
夏の島の夜空に瞬いてる夏の大三角形はキレイな三角形をしているわけじゃない。
そして、美帆たちの歪んだ三角形も軋み始めていた。
食事が始まると、まず、明日の朝からの撮影の予定を話し合い、そのまま宴会になった。美帆たちと違って、男性陣の荷物がやたら重そうだったのは、機材のせいだけではなく、大量の飲料や酒のつまみなどの食料のせいでもあった。
美帆は、ほとんど酒を飲まない。
ジュースの入った紙コップを唇に当てながら、周りの人の話を聞いている振りをして聞いていなかった。
そんな風に美帆の様子がおかしいことに、麻友も下原先輩も気付いていたのだろうけれど、二人とも他のメンバーに酒を飲まされて話しかけられて、美帆にばかり注意を向けているわけにはいかないようだった。
賑やかに騒いでいるうちに、美帆の戸惑いは徐々に消えていき、美帆もメンバーと一緒に騒いだり歌ったりするようになり、その様子に、麻友も下原先輩も安心した顔を見せていた。
早朝から始める撮影のため、宴会は早々に解散となり、動ける者は片付けをして、酔っ払いをそれぞれの小屋に引きずっていった。
女性である美帆と麻友の小屋だけは、少しだけ離れている。
美帆と下原先輩の関係は、映研公認の交際で、メンバーはみんな知っている。だからと言って、健全なサークルである映研としては、二人を同じ小屋に一緒にしたりはなかった。この時代もヤリモクのサークルってあるのだろうか。……あるんだろうな。
小屋の薄灯りの中、美帆と麻友は、黙々と寝袋と蚊取り線香を用意して就寝準備をした。二人の寝袋はぴったりとくっつくように並べられている。
美帆は、それを離そうかどうか少し迷って、そのままにした。
「おやすみ」
どちらかともなく挨拶をして、美帆が灯りを消した。
美帆が眠ってしまえば、わたしの意識も跳ぶだろう。次はどこまで跳ぶか分からない。もしかしたら合宿が終わってるかもしれないし、わたしは自分の体に戻れているかもしれない。
でも、美帆が気付いてしまった今、このまま、この三人、や、美帆と麻友を見ていたいと思う。
もし、美帆が下原先輩ではなく、麻友を選ぶとしたら、
その時、わたしは消える……?
美帆はなかなか寝付くことができず、微かな波の音と少しうるさい虫の声を聞いていた。美帆は寝付きが良い方なので、これは珍しいことだ。やっぱり麻友のことが気に掛かっているんだろう。
「……今日、溺れた時に助けてくれてありがとう」
美帆が小さな声で囁いた。もし、麻友が寝ていたら気付かなかっただろうと思うくらい小さな声だった。でも、麻友もまた眠れないようだった。
「気にしないでいいよ」
「うん」
そして、また、虫の声が部屋に満ちた。
「……麻友、…好きな、人、いる?」
その質問は、もし麻友が起きていたとしても、聞こえたかどうか分からないくらいの小さな声だった。
「……いる」
同じような小さな声がして、美帆はぎゅっと自分の拳を握った。美帆の胸の痛みが伝わってくる。
「……だれ?」
「絶対に言わない」
麻友の強い拒絶で、その会話は終わり、夜の帷が降りた。
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