第22話 脚本
監督・脚本の下原先輩よりも撮影の美帆の方が張り切っている。
美帆は、麻友を撮るのが本当に好きだし、麻友も美帆に撮られる時の方が表情がいい、らしい。わたしは美帆と一緒にカメラを覗いてるだけなので、よく分かんない。
ただ、二人の近くにいた下原先輩はそれをよく知っていて、この映画の脚本を書いたんだろう。
出演するのは、ほとんど麻友一人。
主人公は転生して前世の恋人と再会したのに、主人公が男性ではなく女性に生まれ変わってしまっていたことがきっかけとなり、恋人は、また来世で会いたいと残して自死してしまう。主人公は海辺を彷徨い、恋人を探し続ける。出会うのは幻ばかりで、その全てが、主人公の妄想でしかない。もう恋人はいないことを知りながら主人公は恋人を求め、最後には海の中に向かっていく。
多分、そんな粗筋。
実際は、もう少しわかりにくい。
……正直、台詞が厨二病っぽいから。臭いというか。
と思ったけれど、見ていることしかできないわたしにはそれを指摘できない。美帆は、初めてその脚本を読んだ時、意味が分からなくて頭を抱えたし、麻友は思い切り顔を顰めた。
島を彷徨い、海を見ながら、過去と現在とで失った恋人を思い出して憂う主人公を演じるのは麻友だ。麻友は、「え、私、これ口に出して読むのか……」とぼやいていた。
そんな脚本を書いた下原先輩は、実は、誰よりもロマンチストなのかもしれない。
この頃、某北欧地域の森を題した小説がベストセラーになっていて、その小説に影響されて、下原先輩は脚本を書いたらしい。下原先輩は熱心にその小説を美帆にも勧めて本を貸していたが、美帆は、上巻で挫けて熟睡していた。
そういえば、お父さんの書棚にその小説家のハードカバーが並んでいて、小学生だったわたしが手に取ろうとしたら、「せめて高校生になってから」って言ってたっけ。
わたしの知っている両親と、この二人は全然違うように見えて、やっぱり同じ人で、いずれはわたしの親になるんだ、と時々思わされる。不思議な感覚だ。
美帆は、麻友の分の荷物を持って、麻友よりも先に連絡船を降りて、船着場を陣取り、下船してくる麻友を撮影し始めた。
麻友は小さな港を見回して、髪を掻き上げた。
綺麗な女は何にも考えてなくてもサマになる。ぼんやりとしているだけで憂いを含んだ顔になるんだから大したもんだ。
一旦、撮影を止めた美帆が麻友に近付いた。
「すごい意味深な表情してたけど、どうしたの?もう演技してるの?」
「……お腹すいたよ、美帆。なんか持ってない?」
すごい悲しそうな顔で、その発言はやめてほしい。ガッカリするから。わたしは麻友にそう話し掛ける。でも、美帆は麻友の顔と言葉のギャップを何も気にしない。
「寝坊して朝ごはん抜いた?」
美帆は呆れながらもバッグの中から、麻友のために用意していたらしい、動物の形をしたビスケットの小箱を取り出す。
「さすが、美帆、分かってくれてる」
そして、ポリポリとそれを食べながら、二人は笑い合う。
なんか微笑ましい、と思いながら、どこかに出掛けるとき、いつもお母さんのバッグに小さなお菓子が入っていたのを思い出した。子供の頃のわたしはそれをもらうのがとても好きだったけれど。お母さんは、わたしのためではなく、この頃から麻友のためにお菓子を持つようになっていたのかもしれないと思い至る。
……元々は麻友のためだったのかな?
島の港から少し歩いたところに、ちょっと寂れたキャンプ場があった。バンガローというには、いささかアレな小屋がいくつか並んでいた。
キャンプ場はほとんど海に隣接している。
多少、施設がアレでも、海がこんなに近くにあるというだけでも気分は盛り上がる。
いいな、わたしも柊ちゃんと一緒に海に行きたかった。
「麻友、泳げる?」
「泳げなかったら海水浴ができる島に来ないわけがないでしょ」
「今日、この後の予定ってどんなんだっけ?時間あるかな」
「夕飯の支度まで荷物片付けが1時間ある」
「わたしたち以外は機材の片付けと準備で忙しいよね。よし1時間か。いけるね」
二人が早速、海に遊びに行く気満々なのに気付いて、わたしは笑わずにはいられなかった。二人はまだ20歳そこそこの遊びたい盛りだったんだっけ。
さあ、美帆?
あなたは、麻友の水着姿を撮影するの、それとも一緒に泳ぐの?
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